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【寄稿】BDO三優ジャーナル 2024.Oct.No,161

本記事はBDO三優ジャーナル2024.Oct.No,161に寄稿させていただきました内容です。

最近の日本経済の動向と企業の経営課題」

―公表されたサステナビリティ開示基準案(SSBJ)への対応―

三優監査法人名誉会長杉田純

日本経済の’ 24年4~6月期の実質GDP成長率の一次速報値(‘ 24年 8月15日公表)は、前期比+0.8 % で年率換算では+3. 1 % (前期-0.6 % )となり2四半期ぶりのプラス成長となった。個人消費も前期比+ 1.0 % (前期-0. 7 % )となり、 5四半期ぶりに前期比プラスとなったが、これは一部自動車メーカーの品質不正問題が解消し、自動車販売が持ち直しへ向かったとや、本年の春闘による高い賃上げや所得税・個人住民税の減税により実質所得が持ち直したことによる。厚労省が公表した6月の勤労統計で実質賃金が前年同月比十1. 1 % (‘ 24年8月5日公表)と27カ月ぶりにプラスとなったが、再びマイナスに戻る可能性も指摘されており、個人消費の低迷が続きそうであると指摘されている。

設備投資は前期比十0.9 % (前期- 0.4 % )と2四半期ぶりに増加したが、これは企業の業績好調を背景に設備投資意欲が底堅いことによる。公共投資は前期比十4.5 % (前期 – 1. 1 % )で’ 23年度補正予算による押上げ効果と見られている。輸出は前期比十1.4 % (前期- 4.6 % )でサービスの増加が下支えしたが、自動車以外が伸び悩み小幅増になった。輸入は前期比十1.7 % (前期-2.5 % )で国内の旺盛な設備投資意欲から一般機械を中心に増加しサービスも増加した。この結果、外需寄与度は前期比- 0.4ポイントで、2四半期連続でマイナスとなった。

他方、円高の急速な進行や株価の大幅下落などは個人消費も含めて景気全体には逆風であり、金融市場の動揺が長引く場合には、下半期にかけて国内景気の下振れの要因となる可能性もある。賃金の伸びが物価上昇に追いついていないことや本年からの新しい少額投資非課税制度(NISA)が個人投資家を増大(NISA貧乏の出現)させており、個人消費の盛り上げにはまだ企業努力や工夫が必要であると思われる。

世界経済については国際通貨基金(IMF)が7月16日に公表した世界経済見通しで’ 24年は3.2 %成長(前回3.2 % ) と前回予測を維持した。景気の失速を避けながら高インフレを抑制するという軟着陸シナリオを維持したが、インフレ抑制には遅れも出ており、金融引き締めからの転換には難路も予想している。なお、コロナ禍後の世界経済は’ 22年3. 5 %、 ‘ 23年3. 3 %と穏やかに減速しており、インフレを抑制しながら程よい低成長を維持できるかが課題である。

国別に見ると前回( ‘ 24年4月)の見通しから日本については自動車品質不正の影響から’ 24年1~3月期が‐2.9 %となったので、’ 24年の成長率を0.7 % (前回0.9 % )と引き下げた。米国についても個人消費の減速と雇用に引き締め効果が見られ2. 6 % (前回2.7 % )と引き下げ、EUは0.9 %成長(前回0.8 % )、インド7.0 % (前回6.8 % )、中国5. 0 % (前回4. 6 % ) と引上げられた。

次に日本企業の業績動向についても述べると、東証プライム上場企業の’ 24年4~6月期の増益率は96 %の1,044社で3 月期決算企業の全体純利益は前年同期対比10%増の14兆円であった(日本経済新聞調査)。製造業の純利益は7%増で6.6兆円、非製造業は13%増で7.4兆円であり、円安が業績を支え、生成Al関連の半導体・サービスの需要拡大もあった。他方、今後の業績を抑制する要因として、第一に円高傾向が強まる可能性であるが、トヨタでは1円の円高は年約500億円の減益要因となり、4~6月期の円安による営業利益は3,700億円と想定される。第二に中国、米国での苦戦の予想であり、オムロンのFA機器が不動産不況の中国で販売減少し4~6月期で15年ぶりに赤字になり、日産は米国で自動車販売が3 %減となった。第三に人手不足であるが、ヤマトHD sでは’ 24年問題からドライバー不足や物流網効率化の先行投資が膨らみ、最終赤字が拡大した。次に小売業を見てみると、業績拡大に陰りが見えてきている。

上場小売業81社の’ 24年3~5月期の営業利益合計は前年同期比7 %増と増益率は2年半ぶりの低水準であった(日本経済新聞調査)。イオンの営業利益は前年同期比7%減の477億円でPBの値下げ、販促費増、賃上げなどでGMS事業は赤字に転落。来店客の落ち込みも目立ち、ホームセンターのDCM HDsも顧客数前年比5.9 %減、スーパーのカスミストアは6 %減であった。リュース事業のトレジャー・ファクトリーは中古衣料が活況で、営業利益21%増、100円ショップのキャンドゥも営業利益2割増で、訪日客向け小売りはビックカメラや髙島屋などの百貨店なども好調であった。値ごろ感を出すためファミリーマートは最大40品目を値下げした。いずれにせよ、小売業では実質賃金マイナス、諸物価高騰などによる消費の弱さと店舗の人手不足との闘いが本格化しつつあるのが現状である。

さて、上場企業各社の課題として、非財務情報開示(サステナビリティ関連、気候関連、人的資本関連など)についてプライム上場企業を中心として、その関連情報の開示が既に進められている。’ 24年3月29日にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)は日本企業のサステナビリティ開示基準の「案」(日本版Sl・S2基準)として公開草案(基準確定予想 ‘ 25年3月)を公表した。今回の基準(案)は欧州CSRD規制による日本企業のユーロ内子会社へ域外適用(EU域内売上 1億5千万ユーロ超で従業員250人超などが対象)が’ 28年 12月期より始まることを念頭に ‘ 27年3月期よりプライム上場企業の時価総額の大きい企業群から順次対象とする案が検討されている。その適用の順序の詳細は、プライム上場企業の内、第一に時価総額3兆円以上の企業は’ 27年3月期から、第二に時価総額1兆円以上の企業は’ 28年3月期から、第三に全てのプライム上場企業は203Ⅹ年3月期(未定)より適用とされている。しかしながら、スタンダード・グロース上場企業についても、既にサステナビリティ情報開示は行っている企業が相当数見込まれている上、注意しなくてはならないのはプライム上場企業のバリューチェーンの範囲内にあるスタンダード・グロース上場企業も自社の情報の信頼性確保のため適用の検討(SSBJ基準の任意適用は可能)が必要な点である。なお、現行の’ 23年3月期からの改正開示内閣府令による開示(今後再改正される可能性が高い)では具体的な開示基準は無く各企業の取組状況に応じた柔軟な記載が可能である。しかし、プライム上場企業のバリューチェーンの範囲内に含まれる可能性がある上場企業や、積極的にサステナビリティ情報の開示を進める企業においては、SSBJ基準の適用対象外であってもSSBJ基準に準拠して開示を行うのが賢明であろう。

なお、今般のSSBJ基準案は今後の関係諸法令の整備の上で金融商品取引法上のサステナビリティ開示基準を構成することを想定して開発されている。また、SSBJ基準の適用が要請される企業についてはISSB (国際サステナビリティ基準審議会)の開発した開示基準(ISSB基準)との比較可能性確保のため、グローバル投資家との対話が必要なプライム上場企業又はその一部の企業への適用も想定して作成されている。従って、基本的な方針として国際的比較可能性を担保するため、SSBJ基準案は、ISSB基準の全ての要求事項を取り入れた上で、一部の定めについては、ISSB基準に代えてSSBJ基準独自の取扱いの選択は認めている。 次にSSBJが公表した「公開草案」は3つあるのでその概要を記述することにする。

▶第一に「適用基準(ユニバーサル基準)」―サステナビリティ開示ユニバーサル基準公開草案「サステナビリティ開示基準の適用(案)」(以下適用基準(案)という)。 (一)基本的事項―内容としては、1)目的―適用基準の目的は、SSBJ基準に準拠したサステナビリティ関連財務情報開示・報告する際の基本的事項を示すことにある(第1項)。2)報告企業と関連財務諸表―関連する財務諸表と同じ報告企業に関するものでなければならない(第7項)。依拠する会計基準は問わないが、連結上の親会社・子会社のリスク・機会が全て理解できる必要がある(第8項)。3)法令との関係・商業上の機密情報―企業が活動領域の法令での開示禁止事項については開示不要(第 13項)、一定の要件を満たす場合でサステナビリティ関連の機会に関する情報が商業上の機密であると企業が判断した場合、開示しないことができる(第15項)。ただし、前項はサステナビリティ関連のリスクに関する情報には不適用である。4)適正な開示―企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会を適正に表示しなくてはならない(第22項)、また基準の定めを適用しただけでは関連のリスク及び機会への理解が不十分な場合、追加的情報を開示しなくてはならない(第23項)。 5)つながりある情報について―次の種類のつながりが理解できるよう情報を開示(第31項)

 ①その情報が関連する項目間のつながり(企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得る様々なサステナビリティ関連のリスク及び機会の間のつながりなど)。②サステナビリティ関連情報内の開示に関するつながり(ガバナンス、戦略、リスク管理並びに指標及び目標に関する開示間のつながりなど)。③サステナビリティ関連財務情報開示とその他の一般目的財務報告書(関連する財務諸表など)の情報との間のつながり。

(二)「サステナビリティ関連リスク及び機会に関する情報の開示―1)バリューチェーンの範囲の決定(第39項)、2) サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別(第42項)。 3)識別したリスク及び機会に関する重要性ある情報の識別(第42項)、4)情報の記載場所―サステナビリティ情報は関連する財務諸表と合わせて開示しなくてはならない (第64項)。5)同時報告―サステナビリティ情報は財務諸表と同時に開示しなくてはならない(第69項) 6)比較情報―前期と当期の2期比較開示、7)適用時期―’ 25年3月期から任意適用可能。’ 24年2月に金融審議会の下に「サステナビリティ情報開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」の設置が決定され、SSBJ基準が確定後の具体的な適用対象や強制適用時期が検討される。

▶第二に、テーマ別基準公開草案第1号(一般開示基準(案) (以下一般基準(案)という)が公表されている。 (一)一般基準の概要、1)目的―一般的財務報告書の主要な利用者が企業に資源を提供するかどうかの意思決定を行うにあたり有用なサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報の開示について定めること(第1項)。2)範囲―一般基準は他にテーマ別基準(第4項)がある場合を除き、SSBJ基準に従ってサステナビリティ関連財務情報を作成、報告するにあたり適用しなくてはならない(第3項)、3)ガバナンス―ガバナンスのサステナビリティ関連財務情報開示の目的はリスク及び機会をモニタリング、管理、監督するための企業のガバナンスのプロセス、統制及び手続を理解できるようにすることにあり(第8項)、経営者の役割について定められた開示も行わなければならない(第10項)。4)戦略―戦略についての開示はリスク及び機会の企業の戦略を理解できるようにすることにある(第11項)。

具体的には①当該リスク及び機会、②リスク及び機会が企業のビジネスモデル及びバリューチェーンに与える影響、③リスク及び機会の財務的影響、④リスク及び機会が企業戦略・意思決定に与える影響、⑤レジリエンス(リスクから生じる不確実性に対応する企業の能力) (第12項)。5)リスク及び機会(第14項) ①企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るリスク及び機会。その合理的に見込み得る時間軸(短期、中期、長期)。②前記①の定義と戦略的意思決定と計画期間との関係。6)ビジネスモデル及びバリューチェーンに与える影響(第15項) ①リスク及び機会がモデルやバリューチェーンに現在、将来において与えると予想される影響、②リスク及び機会がモデル等のうち集中している部分があればその部分。7)財務的影響、リスク及び機会が企業見通しへ影響を与える場合、以下の定量・定性情報の開示が必要(第17項)、①当報告期間の財政状態、財務業績、キャッシュフローに与えた影響、②翌年次報告期間の財務諸表の資産・負債の帳簿価額に重要な影響を与える重大なリスクのあるもの、③リスク及び機会を管理する企業の短期・中期・長期の財政状態、財務業績・キャッシュフローの変化の見込み。他に戦略及び意思決定に与える影響(第23項)、レジリエンス(第24項)、リスク管理(第29項)、指標及び目標として開示目的(第31項)、指標(第33項)、目標(第40項) などが記述されている。

▶第三にテーマ別基準公開草案第2号「気候関連開示基準(案) (以下「気候基準(案)という」が企業の気候関連のリスク及び機会に関する情報開示を定めているが、本ジャーナルの別稿で取り上げているのでそちらを参照されたい。

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