本記事はBDO三優ジャーナル2024.Aug.No,160に寄稿させていただきました内容です。
最近の日本経済の動向と日本企業の経営課題
ー資本収益性重視経営の課題ー
三優監査法人名誉会長杉田純
内閣府は5月16日に’ 24年1 ~ 3月期の国内総生産(GDP)速報値を公表した実質の季節調整値は前期比0. 5 %減、年率換算で2. 0 %減と2四半期ぶりのマイナス成長となった。これは品質不正問題による自動車の生産・出荷停止の影響から消費・設備投資が落ち込んだことによる。GDP の大半を占める個人消費は前期比0. 7 %減(前期0. 4 %減)と4四半期連続でマイナスとなり、リーマンショック(‘ 09年1 ~ 3月期)以来15 年ぶりの減少幅であった。普通自動車、軽自動車に加え、携帯電話などの耐久消費財の消費が振るわず、暖冬から電気代も減ったが、飲食サービス、金融サービスなどのサービス消費はプラスであった。設備投資も前期比0. 8%減(前期1.8%増)と減少は 2四半期ぶりで、商用車、普通自動車、トラックなどが押し下げ、掘削機など生産用機械も落ち込んだ。人手不足による建設工事や生産の停滞もあり、民間の非居住用建築の出来高は2月まで 5カ月連続で前年同月割れが続き、企業が発注した生産設備などの機械類のうち、出荷や受け渡し未済の受注残高は2月末で 37兆円となり過去最高に積み上がっている。民間住宅は2. 5%減で、資材高や人手不足で建築費が高止まりし、着工件数が減少した。
内需は総崩れで、公共投資が前期比3. 1 %増(前期0. 2 % 減)で2四半期ぶりのプラスとなり、政府最終消費も医療費の増加で0. 2%増(前期0. 2%減)とプラスは政府部門だけであった。外需も弱く、輸出も5. 0%減(前期2. 8 %増)で主として自動車の出荷減少による。他方、輸出に含まれるインバウンド消費は前期比11. 6 %増であった。輸入は前期比3. 4%減(前期1. 8%増)、原油、鉱物性燃料の輸入が減っている。円安や原油高による物価動向を見ると、GDPデフレータは前年同期比3. 6%上昇と賃金の伸びが追い付いていないことを示しており、厚生労働省の発表によるど24年2月の物価を考慮した賃金は前年同月比1. 3% 減少で23カ月連続のマイナスであった。以上のように’ 24年1 ~ 3月期は回復の足取りの鈍い景気動向であった。
他方、’ 24年4 ~ 6月期の実質国内総生産(GDP)の年率の成長率についての民間のエコノミスト10人の予測平均値は2. 9 %増(日本経済新聞調査)であり、自動車の生産復活が消費・設備投資・輸出を押上げると予想している。個人消費も前期比0. 7 %増で賃金上昇や’ 24年6月実施の所得税・住民税の定額減税で7 ~ 9月期に向けて上向く可能性大と予測している。設備投資は0. 8%増、輸出は3. 5 %増と見込んでいる。今後の景気動向については、不安材料として日銀の金融政策の正常化が進む一方で物価が上振れすれば秋にも利上げが予想されるが、サービス価格の上昇率が高まれば、前倒しもあり得るとしている。このことから、為替が円高基調に変わり対ドルレートを144円程度とする主要企業(日経平均株価採用企業のうち円高影響額開示52社)では’ 25年3 月期の減益影響額を2, 667億円と見込んでいる。内閣府はOECD(経済協力開発機構)のデータでは、日本の’ 23年の潜在成長率は0. 6%とG7の7か国中で最低であり、米国の2. 2 %とも相当乖離があることから、1 ~ 3月期が数社の自動車不正だけでGDPがマイナスに転落しているため、自動車以外の日本経済をけん引する産業を育成することも急務と指摘している。
ここで、世界経済の現状についても記述することにする。国際通貨基金(IMF)は4月16日に世界経済の見通しを公表した。 ‘ 24年の世界経済の成長率は3. 2% (前回3. 1 %)と0. 1ポイント上方修正した。短期的には米国の好調がけん引しており、中長期的には成長は鈍化するが、その背景には生産性の伸び悩みがあるとしている。成長率の低迷は、途上国の貧困が続き、先進国の生活水準も高まらないため、脱炭素活動による経済の構造転換も遅れると指摘している。IMFは、各国政府が市場競争・自由な貿易を促進し、労働者が成長分野向かう改革に進まなくてはならないし、米国・日本の特定分野に対する産業政策は生産性の高い分野の労働・資本が移動することを阻害する可能性もあるとしている。また、米中関係や西側・ロシア中国などにプロック化する「分断」も、両陣営間の貿易の減少を生起していると懸念を示している。
‘ 24年1月の前回値と比して、インフレ抑制で金利引上げした米国は2. 7 % (前回2. 1 %)と軟着陸の評価を受けている。ユーロ圏0. 8% (前回0. 9 %)、日本0. 9 % (前回0. 9 % )、中国4. 6 % (前回5. 2 %)としている。今後の経済リスクとして、第一に世界的な選挙の年であるため’ 24年は財政拡張しやすい年であり、需要の高まりから物価が高止まりする可能性も指摘しており、財政余力を確保すべきとしている。第二に中東情勢から地政学的リスクが高まり食料・エネルギー・物流コストの上昇を呼び、新たな供給ショックから各国の景気回復を遅らせる可能性についても指摘している。
次に、個別企業の業績動向の概要を見てみる。GDPに見る日本経済全体の回復の遅れと裏腹に、国内上場企業のうちプライム上場企業1, 071社の’ 24年3月期決算の純利益は前期比20 % 増の46兆8, 285億円(日本経済新聞調査)であり、全体の65 % の企業の損益が改善している。製造業は22%増、非製造業では 18 %増であった。稼ぐ力の純利益率では値上げの浸透もあり6. 1 %ど22年3月期に並び最高水準であった。
業種別では自動車・部品の回復が鮮明で、大手7社のうちトヨタ、ホンダ、スズキ、マッダの4社が最高益であった。原材料高の価格転嫁を進めた機械の純利益は10%増の2兆円であった。値上げの浸透が目立っ食品は35 %の増益であった。非製造業では、円安を背景にインバウンド需要が貢献し、ANAは国際線の旅客収入が68%増で利益も過去最高となり、三越伊勢丹は免税売上が約2. 6倍となった。
外食主要大手22社では、’ 24年2月期で純利益は前年の4. 5倍の計97億円で値上げの浸透と人流の回復で好調であった。外食復調は値上げの浸透と既存店の回復が要因である。吉野家は主力の牛丼を8 ~ 18円引上げ、はなまるうどんではうどんやてんぶらを’ 24年1月に値上げしている。主要22社では費用構造の変化もあり、原材料価格の高止まりで売上原価率が39 % と2ポイ/ト上昇したが、販管費率は55 %と3ポイント低下させている。各社は、QRコード使用の注文システム、無人レジ、配膳ロボットなど店舗運営を効率化している。
小売りではイオンが’ 24年2月期で営業利益20 %増の2, 508億円で、4年ぶりの最高益となり、売上は9兆5, 535億円で5 %増であった。収益構造も従来は営業利益のうち総合金融が7 , 8割を占めたが、今回は主要8事業のうち小売部門が52 %占めている。食品スーパー事業では小型スーパーの「まいばすけっと」の営業利益が前期比 83 %増となり、CVSより安く食品スーパー並みの価格が消費者に受けた。またPB商品の「トップバリュ」もPB計60品目の値下げが効果的であった模様である。
前々号でも取り上げたが、東京証券取引所(以下、東証)は「資本コストや株価を意識した経営の推進」を上場企業に求めている。CGコードでも資本コストに関する原則が既に定められている。その一環として東証ではPBR (株価純資産倍率)が1 倍割れしている企業は株価が解散価値を下回っているということであり、1倍割れの低PBR企業が’ 22年末に全体の51 % (米国で5 %、欧州では22 % )であったことから、’ 23年3月に東証は資本コストや株価を意識した経営に取り組むようプライム上場企業へ要請を行っており、その取組みを開示した企業の一覧も毎月公表されてきた。東証によると、’ 23年末までに株価などを意識した経営への取組みを開示した企業はプライム市場で815社 (49 % )、スタンダード市場で300社(19%)であった(東証開示状況報告’ 24年1月15日)。開示の中で多いのが、資本効率改善であり、自己資本利益率(ROE)などの指標を用いて経営管理を徹底し、投資家との対話に活かすことに着手している。
ここで東証は、各企業がPBRやROEといった特定の指標の改善にのみ注目して、一過性の対応に終始しないよう改めて注意を喚起している。つまり上場各社が持続的な成長と中長期的な企業価値向上を実現するために、単に売上や利益を意識するだけでなく、BSをべースとする資本コストや資本収益性を意識した経営を実践することが重要なのである。
具体的には、取締役会が定めた経営の基本方針に基づき経営層が主体となり、資本コストや資本収益性を十分に認識し、持続的成長のために知財・無形資産を創出し、そのための研究開発・人的資本・設備投資や、事業ポートフォリオの見直し等の取組みを推進することで、経営資源の適切な配分を実現していくことである。つまり、自社株買い、増配のみの対応など一過性の対応は期待されていない。更に上記の取組みは投資者との対話を通じた企業価値の向上にあることも重要である。
以上の一連のプロセスとして東証は以下の手順を推奨している。①現状分析(自社の資本コストや資本収益性、市場評価の把握)、②計画策定・開示(改善に向けた方針や具体的取組みを検討・策定の上、現状評価と合わせて、投資者へ開示)、③取組みの実行(資本コストや株価を意識した経営の推進と投資者との対話の実施)。このプロセスを毎年繰り返し実施していくことが推奨されている。
以上のような我が国上場会社の取組みの進展に伴う今後の日本企業の変化に対し、国内外の機関投資家は大きな関心を持っている。他方、一部企業にはPBRが1倍を超えていれば、資本収益性を高める経営は関係ないと誤解している経営者も見受けられ、そもそも上記取組みの検討の知識・リソースが不足している企業も見受けられると指摘もされている。そのため、経営者と投資者のインセンテイプを揃えるためにも、投資者・株主と同一目線のKPIに連動する役員報酬体系の導入も検討すべきと指摘されている。
そこで東証も資本収益性を高めるための上場企業の一連のプロセスについて、第一に「分析・評価」のプロセスにおいて、①投資者の視点から資本コストを捉える一これは現状分析・評価の取組みのスタートであり、各企業は資本コストに唯一の正解があると考えずに、例えば、CAPMモデルなどで算出される値も推計値の一つであり、自社の認識しているコストの水準が株主・投資者と認識が揃うか、ギャップが無いかが重要である。ギャップを埋めるには算出のモデルやパラメーターの開示、複数のモデルで算出もしてみて、投資者の考える資本コストもヒアリングすべきである。②投資者の視点を踏まえて多面的に分析・評価する一例えば、単にPBRが1倍を超え、ROE が8 %を超えているかだけでなく、収益性と市場評価に関するマトリクス分析により、自社の立ち位置を確認したり、必要に応じて国内外の同業他社との比較や、時系列の分析、セグメント別の分析を行うことが、投資者の視点を踏まえて多面的に分析・評価することになる。③バランスシートが効率的な状態となっているかを点検する一投資者からはバランスシートの効率性について企業が点検することを期待されている。そのためには、まず事業運営・成長投資を進めていく中で過剰な現預金を抱えていないか、その他の資産も収益獲得の観点から必要な内容になっているかの定期的な点検が必要とされている。バランスシート点検の結果、改善が必要であれば、改善計画について株主・投資者に示すことも期待されている。
第二に投資者が期待する「取組みの検討・開示」についてであるが、①資本コストや資本収益性を意識して持続的な成長のための知財・無形資産創出につながる研究開発投資、人的資本への投資や設備投資、事業ポートフォリオの見直しなどの取組みを推進することが期待される。また、経営資源の適切な配分を意識した取組みとして、目標とするバランスシートを検討し計画立案する。将来キャッシュフローも含め、資本を成長投資や株主還元にどう配分するかの「キャッシュアロケーション方針」も決定する。近時リキャップ CBの事例も見られるがこの実施が投資者目線とギャップがあることには留意が必要である。②資本コストを低減するという意識を持っーまずは資本コストを上回る資本収益性を確保した上で、コスト低減の意識を持っことも重要である。他方、情報開示の不十分なことは経営の不透明性を高め、資本コストの上昇要因となる。投資者との効果的な対話は情報の非対称性を解消し資本コストの低減に有効である。同様にコーポレートガバナンスの強化は収益の安定性、持続性、経営に対する信頼性も高めることから資本コストを低減させる有効な手段である。③ 中長期的な企業価値向上のインセンティブとなる役員報酬制度の設計を行うー投資者の立場からも、インセンティブ型の役員報酬制度があるか否かは投資判断の大きな材料であり、経営者の意識を高めるための枠組み作りになる。また、マネジメント層、一般社員に対しても、自社株式やストックオプションなどのインセンテイブが存在することが重要である。④中長期的に目指す姿と紐付けて取組みを説明する一そのため、「ロジックツリー」なども用い、中長期の目標に対して経営指標を分解して、要素ごとの改善への取組みを示す。また、中長期的な時間軸の成長実現への方針や道筋(エクイティ・ストーリー)を説明することも有効である。
第三に「株主・投資者との対話」については、①経営陣は株主・投資者と信頼関係構築を進めること。経営陣と社外取締役の対話参加も有効である。②経営陣は投資者の属性、マテリアリティを理解すべきであり、自ら自社の成長に併走してくれる投資者のリサーチ・アプローチも必要である。 ③株主・投資者との対話状況の開示は更なる対話・エンゲージメントに繋がる。
以上、企業価値向上についての東証の提言について説明をしてきた。上場企業には今まで以上に投資者を意識した開示の重要性の再認識を求めている。