本記事はBDO三優ジャーナル2024.Jun.No,159に寄稿させていただきました内容です。
「最近の日本経済の動向と日本企業の経営課題」
―本年度株主総会開催の留意事項―
三優監査法人名誉会長杉田純
日本経済の2024年1月~ 3月期の実質GDP (国内総生産)について、日本経済研究センターは民間ェコノミストの経済見通しを公表した( ‘ 24 年3月18日、日本経済新聞調査)。民間ェコノミストの平均の予想では、 GDPは平均で前期比年率0.8 %減と2 四半期ぶりにマイナス成長となる可能性が出てきた。1 ~ 3月期では、ダイハツ工業、トヨタ自動織機などの自動車の品質認証不正問題による生産・出荷の停止の影響があり、新車販売の減少が耐久消費財、商用車などの設備投資、輸出を押し下げた。個人消費は前期比微減と4四半期連続の減少が予想されており、実質賃金が前年同月比マイナス圏で推移し、消費者のマインドが冷え込んでいるのが原因とされている。
設備投資も0. 3 %減と予想され、2四半期ぶりのマイナスであり、輸出は1.9% 減、輸入も1. 0 %減と予想されており、前期比の成長率に対する寄与度は国内需要がほぼゼロ、海外需要がマイナス0. 2ポイントとされている。なお、’ 24年4 ~ 6月期のGDP成長率についての民間ェコノミストの予想は、春季労使交渉の賃上げを支えにGDPはプラス成長に戻ると予想され、予測平均は前期比年率2. 0 %程度と賃上げと価格転嫁の好循環により日本経済は穏やかな成長に戻ると予想している。
特に全国企業短期経済観測調査(日銀短観、’ 24年3月1日)によれば、大企業製造業の’24年度の設備投資額は、前年度比8. 5%増とバブル期の1989年以来の高い伸びが見込まれるとしており、半導体、人手不足を補う省人化投資が増加し、非製造業の投資も増大すると予想している。今後は人件費引上げによる消費マインドの改善による個人消費の増大に加え、設備投資の増大が景気のけん引役になることが期待されている。
一方、1 ~ 3月期には、今後の日本経済の動向に大きな影響を与える事象も発生している。
第一に3月19日に日銀の金融政策決定会合がマイナス金利政策を含む大幅金融緩和の解除を決めたことである。これにより、’ 07年2月の利上げを最後に一貫して緩和を続けてきた金融政策は正常化へ一歩踏み出すことになり、世界でマイナス金利を採用する中央銀行は皆無となった。これは、’ 24年度の連合発表の春季労使交渉によるべースアップと定期昇給を合わせた賃上げ率が平均5.28 %となり、33 年ぶりに5 %を超え、物価上昇率も2 %の安定圏内にあり、賃上げと物価安定の好循環が期待できると日銀は判断したようである。
同時に日銀は長短金利操作(ィールドカープコントロール、YCC)の撤廃と上場投資信託(ETF)などリスク資産の新規買い入れの終了も決めた。マイナス0. 1 %だった金利は0 ~1 %に引き上げられた。従来は1 %を長期金利の上限としていたが、撤廃後、金利変動は市場に委ねられる。金利のある正常化された経済については、以下の課題も新たに指摘されている。
▶①過去のマイナス金利は日本企業の成長に寄与してきており、 M & Aも増加し企業戦略としても定着してきていた。他方、マイナス金利時代は資金調達が容易であった為、延命企業も多くあり新陳代謝が阻害されていた
▶②今後は金利も含めた資本コストが上昇するため、企業は投資について資本コストを上回る収益確保が必須のものとなる。
▶③事業用賃貸ビルなどの空室率は高止まりしており、加えて今後は金利上昇がコスト増となり、設備投資の減少、不動産価格の下落を招くなどの可能性も指摘されている。住宅市場でも同様に金利上昇による買い控えに伴う価格下落が起こる可能性もある。
第二に日経平均株価が3月 4日に史上初めて4万円台の大台に乗ったことである。今年の上昇率は20%と世界の中でも突出しており、各国と比して通貨安、低金利、脱デフレなど好条件が重なり、企業収益の改善度合いも欧米に比して高いことから海外マネー流入が加速したことによる。この連日の最高値更新は、生成Al (人工知能)向け半導体需要の拡大と関連企業の利益成長という裏付けがある株高との見方もある。
他方、一時的なバブルという識者も存在するが、’ 00 年3月のITバブル期と比して検討してみると、景気循環調整後株価収益率(CAPEレシオ)は、日本は現在16. 6倍( ITバブル期33. 3倍)であり、日本主要企業全体では、今期円安効果による過去最高益を見込んでおり、前回のITバブルと異なり業績面の裏付けもある。
株高の主要企業は、ディスコ(年3. 4倍)、アドバンステスト(年2.6倍)、東京工レクトロン(年2.4倍)で、これら寄与度の高い上位10社で3月4日の株価押上げの6割を占め、日経平均構成企業(225社)のうち値上がりは4割の銘柄で6割は値下がりしているのが現状である。今後も企業業績がさらに上向けば、上昇余地もあるという識者は多いが、米国が金利の引き下げに時間がかかっており、これが実現すると、円高に反転することも予想されている。
10%の円高は日本企業全体の営業利益を 2兆円押し下げると予想されており、1ドル= 130円となれば、来期の増益も難しくなると見込まれている。他方、上場企業各社は、東証の要請により既に1年以上にわたりPBR (株価純資産倍率)1.0を超えるように、ROE、ROI目標を設定、バランスシートの不要資産の圧縮、機関投資家とのより多くの対話、新規事業も含め収益拡大策の実行など、地道な努力を続けてきており、市場の株価動向と関係なく、自助努力でのPBR、PER、ROT、ROEの向上努力が今こそー層求められていることを銘記すべきである。
ここで、日本企業にとっては、外需の拡大も大きなテーマであるので、世界経済の動向についても見ておく必要がある。中国の不動産関連の過剰債務問題による景気低迷が未だ続いており、中国関連の日本の製造業各社は減収・減益を余儀なくされている。
経済開発機構(OECD)は’ 24年2月5日に’ 24年の世界経済の成長率を2.9 % (前回’ 23年11月、2. 7 % )から0. 2ポイント引き上げた。世界のインフレ率が想定以上に早く低下しており、米国も’ 24年後半にも利下げが見込まれ、成長率を2. 1 % (前回1. 5 %)と0. 6ポイント上方修正した。ューロ圏は0. 6 % (前回0.9 % ) 0. 3ポイント引き下げた。欧州中央銀行(ECB)による利下げは’ 24年7 ~ 9月期には始まる予想だが、従前の利上げの影響で景気は弱含みとされている。中国については、’ 24年4.7 % (前回同)と成長見通しを維持しており、日本については、賃金上昇は続くものの金融引き締めが始まり、’ 24年は1.0% (前回1. 0 % )と予想している。
全般的に地政学リスクにより中東での紛争が拡大すれば、石油、LNGなどの輸送が滞り、エネルギー価格の上昇要因となるとも想定している。なお、世界の製造業の’ 23年10 ~ 12月期の純利益は’ 22年7 ~ 9月期以来5四半期ぶりに前年同期比で1割増益となっている(日本経済新聞、 QUICK・ファクトセット)。これは中国景気の減速による悪影響を堅調な米国景気の自動車、電機などの販売増が補ったことによる。
世界の非製造業も26 %増と4四半期連続で増益となっている。スターバックスが客単価を4%伸ばし、ネット広告も米メタ、アルファベットなどが最高益となっている。今後の懸念材料は中国景気の低迷による世界貿易の減少と低迷と見られている。
ここで上場企業の業績動向も見ておくことにする。’ 23年4 ~ 12月期の決算では、全36業種のうち6割強の23業種が最終損益べースで増益または黒字転換した。東証プライム上場の3月期決算企業のうち1 , 074社では純利益の合計は23%増の36兆6, 106 億円と過去最高を記録した。製造業は20 %増益、非製造業も 26 %増益であった(日本経済新聞調)。’ 23年4 ~ 12月期の上場企業の売上高純利益率は6.4%とリーマン危機の’ 21年4 ~ 12月期に次ぐ2番目の高さであった。
製造業での牽引役は自動車・部品全体で86 %の増益であった。半導体不足が解消、円安、値上げによる効果が大きかった。他方、’ 24年1 ~ 3月期では自動車関連の認証不正事件から自動車の生産減、販売減があり、一時的に大きな落ち込みも予想され、市場の業績予想の修正動向を示す「リビジョン・インデックス(RI)」では、’ 23年8月をピークに引き続き下がっており、電機でもマイナス18とマイナス幅を広げている。ロームの’ 24年3月期の営業利益予想は前期比48 %減の480億円と70億円引き下げられた。市況変化に苦しむ化学でも住友化学が今季コア営業損益の赤字が550億円から1000億円へと増大すると予想されている。非製造業についても’ 23年12月期ではエネルギー価格上昇の一服から、収益が押上げられ、赤字が続いていた電力各社も燃料費の変動の「期ずれ」差益から電力大手10社合計で3兆円の改善となっている。
エネルギー安は大手商社、海運業の業績も向上させている。新型コロナで落ち込んでいた旅客需要の回復が貢献してJALは前期比5.3倍の 858億円となり、空運2社の純利益はコロナ拡大前の’ 19年4 ~ 12月期を超えた。減益業種では中国の景気減速による化学などが目立っている。石化関連も同様で、’ 24年3月期の上場企業の純利益は1 ~ 3月期の落ち込みはあるものの3期連続の最高益が見込まれている。
ここで、現在、株主総会準備を本格的に進めている上場企業も多いので、本年度の株主総会開催の留意事項について述べる。本年は総会関連の大きな制度改正はないが、ここ数年行われてきた改正を、環境変化を踏まえた社内体制の見直しと再検討の必要があると思われるトピックスについて述べることとする。
これは、第一に 「コーポレートガバナンス改革と株主総会の運営」 についてである。
▶①意思決定機関としての株主総会の最大の変化は「議決権の実質化」であり、会社側は総会へ付議すべき議案の合理性について説得力ある根拠を準備する必要があり、機関投資家側は議決権行使の方針を開示し、特定の議案に賛成した根拠についての説明が求められ、実質的な審議が行われるようになったことである。同時に、総会当日だけでなく年間を通じて常に株主との対話()R : Shareholder Relations)が求められ、そのための充実した情報開示が必要となっているのである。このことからアクティビスト株主がキャンペーン活動を実施し、会社側の負担も増えている。この緊張感はより良い経営改革を生むと期待する向きもある。
▶②総会デジタル化と会議体としての総会のあり方の変化についてである。現在リモートワークの進展もあり、オンライン配信を併用したハイブリッド型総会の普及が進んでいる。これにはオンライン参加株主を傍聴人扱いする「参加型」と議決権行使まで認める「出席型」とがあり、前者が全体の19.9%、後者が1. 1%となっている。産業競争力強化法による「場所の定めのない総会(バーチャルオンリー株主総会)の開催も可能となっているが、実施した会社は少数である。ハイブリッド出席型、バーチャルオンリー型についてはシステム上の問題、通信障害の際の決議取り消しリスク、議決権行使や動議への対応問題が残っている。バーチャルオンリー型については議決権行使助言会社がまだ否定的であり、ハードルは高いが将来を考え、ハイプリッド参加型からでもシミュレーションすべきである。
デジタル化の中では、「電子提供制度」が昨年から実施されているが2年目の本年は株主への情報提供に関して、アクセス通知のみに限定する書面による情報提供を減らした「サマリー版参考書類」などを実施すると、変更理由を問われる。「フルセット・デリバリー型」を続行すれば、環境配慮、印刷コスト問題などの指摘を受ける可能性もある。昨年は、質問は 44社(1488社中)にとどまったが本年はフルセットから変更をする場合、質問は増加する可能性が高い。
第二に、ガバナンス強化関連のトピックスについてであるが、
▶①東証の企業価値向上要請「資本コストや株価を意識した経営実現( ‘ 23年3月31 日)」による資本コストを上回る資本収益性の達成が求められており、{PBR 1倍割れ}が問題視されている。本年1月15日には進捗状況開示企業一覧表が公表されている。総会でも株主の重大関心事であるので、東証要請への対応をしつかり説明する必要がある。
▶②企業買収の行動指針-経済産業省は「企業買収における行動指針( ‘ 23年8月31日)」を公表している。指針では上場会社の経営支配権を取得する買収の当事者の行動のあり方について公正なルール形成に向けて、原則論とベストプラクティスを提示している。「敵対的買収」は「同意なき買収」とされ、経営陣の同意がない場合の提案でも企業価値を向上させる提案か否か検討することが要請されている。今後「同意なき買収」は増加しそうである。
▶③英文開示-既にプライム上場会社には、開示書類のうち必要な書類の英文開示が求められている(補充原則3 -1 ②)が、’ 24年1月17日「プライム上場企業の英文開示拡充の方針(案)」が示され、’ 25年3月1 日以降に終了する事業年度から決算情報、適時開示情報については全文英文開示が求められており、今後はすべての上場企業に要請されると予想される。
第三に開示制度についての改正がある。
▶①サステナビリティ情報関連では、既に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が有価証券報告書に新設され( ‘ 23年1月31日、内閣府令)、記述情報開示の好事例も出ている( ‘ 23年12月27ロ)。女性活躍推進へ向けた取り組み(プライム市場、’ 30年までに女性役員比率30 %)、人権尊重への取り組みとして「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン(経済産業省、’ 22年9月13日)」、も公表されている。
▶②今後の開示制度改正動向ー’ 23年12月開示府令改正で有価証券報告書等における「重要な契約」についての開示内容が具体化された。株主保有株式の処分等に関する合意契約、ローン契約と社債に付される財務制限条項などである。今後自動車の認証不正などの生起から「不正」問題についての企業の対応強化なども課題になると思われる。
以上、大きな環境変化と機関投資家の企業への要請の高まりから、上場企業には更なる企業価値向上の努力がますます求められている。