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[寄稿]BDO三優ジャーナル 2024.Apr.No.158

本記事はBDO三優ジャーナル2024.Apr.No.158に寄稿させていただきました内容です。

「最近の日本経済の動向と企業の経営課題」

—東証のPBR (株価純資産倍率)の向上要請と企業価値向上の取組み―

三優監査法人名誉会長杉田純

内閣府は2024年2月15日に’ 23年10 ~ 12月期の国内総生産(GDP)の速報値を公表した。物価変動の影響を除く実質で前期比0. 1 %減、年率換算で0.4 %減の2四半期連続のマイナス成長となった。前期比年率の寄与度は、内需がマイナス1. 1ポイント、外需がプラス0. 7ポイントで内需の弱さが目立っている。

GDPの過半を占める個人消費は前期比0. 2 %減(前期0. 3 %減)で3四半期連続のマイナスであり、暖冬から衣料品が振るわず、外食もコロナ禍からの回復が一服し落ち込んだ模様。物価高が響き野菜、ガソリンなどの消費も減少した。

設備投資も前期比0. 1 %減(前期0.6 %減)で3四半期連続のマイナスとなった。企業の設備投資意欲は半導体市場が低迷を脱し、半導体製造装置関連は堅調で、省力化に向けた受注ソフトウェア投資なども伸びたが、人手不足による工場の建設遅れなどが響いている。民間住宅は前期比1.0%減と2四半期連続のマイナスで、インフレによる住宅資材の高騰で着工が遅れ、人件費の高騰もありエ期に影響が出ている模様。公共投資は、前期比0. 7 %減(前期1.0%減) 2四半期連続のマイナスであった

。輸出は前期比2. 6 %増(前期0.9%増)で3四半期連続のプラスで、特許・商標権などサービス輸出(大手製薬メーカーの知的財産権使用料など)が’ 23年10月に大きく増えたことによる。インバウンド(訪日外国人)消費も前期比14. 1 %増と寄与した模様。輸人はGDPの計算上控除要素だが、前期比1.7%増(前期1.0% 増)で2四半期プラスであった。原油、LNG、鉱物性燃料の輸入が増加した。なお、’ 23年の年間の実質GDPは前年比1.9%増、名目は5. 7 %増で共に3年連続プラスとなった模様である。

ここで、’ 24年1月に発生した能登半島地震による深刻な被害が、被災地域の経済活動を下押しすることの影響について見てみる。第一に被災地域での工場、道路などのインフラ、資本ストックなどの毀損や被災者の労働復帰などの遅れにより企業の生産・事業活動が停滞することによる損失である。これは、東日本大震災では電力供給制約から回復に相当時間が掛かったが、熊本地震では、数カ月で震災前の水準に復活し、能登半島地区では、既に一部の企業では生産が再開され、低迷の長期化は避けられそうな見通しである。そのため、熊本地震を参考にした試算によれば、GDPの損失額は974億円程度(日本総合研究所経済展望’ 24年1月号)と対GDP比マイナス0. 002 %で限定的と予想されている。

第二にサプライチェーンの途絶による生産・事業活動の停滞による石川県全体のGDPのマイナス幅は2, 240億円と予想され、製造業を中心に幅広い業種に影響がありそうである。

第三に観光需要の減少があり、過去の例からは、日本人旅行客の需要は短期に解消したものの、外国人については落ち込みが長期化する傾向がある。以上、能登半島地震の経済的影響はそれ程大きなものにならないと予測されている。

ここで世界経済の成長率の予測を見てみると、国際通貨基金 (IMF)は’ 24年1月30日に’ 24年の最新の世界経済の経済成長率を3. 1 % (前回’ 23年10月2. 9 %から0. 2ポイント上方修正)とした。米国経済が予想以上に底堅く推移しており、先進国のインフレも順調に沈静化していることが要因である。米国は個人消費が堅調に推移しており2. 1 % (前回1. 5 % )と前回見通しより0. 6ポイントの大幅な上方修正をした。中国は電気自動車(EV)の生産増などが堅調なことから、4. 6 % (前回4. 2 % )へ上方修正した。一方で欧州ではドイツが0. 5 % (前回0. 9 % )と下方修正されている。欧州中央銀行は企業向けローン金利が上がり、製造業へ想定以上の打撃を与えている。日本は0. 9 % (前回1. 0 % )と0. 1ポイント下方修正されている。インフレ率は先進国では2. 6 % (前回3.0%)と下方修正され、世界全体では5. 8 %と据え置かれた。

IMFは主要国中央銀行が’ 24年下期には、利下げに転じると予想しており、中東情勢の緊迫化による原油価格高騰のリスクは残るものの、インフレ鎮静化の「ソフトランディング」の可能性が高まっていると予想している。他方、世界銀行は1月9日に世界の経済成長率の見通しを公表しているが、中国についての不動産市況の落ち込みを重視しており、IMFより厳しく中国の成長率を4. 5%としており、中国の落ち込みによる世界貿易の伸びも2. 3 %と低調になり、’ 20年のコロナ禍を起点とした’ 21年~ ‘ 24年の世界貿易の回復ペースは過去半世紀のグローバルな景気後退期と比しても最低水準になると予想している。

次に上場企業の業績動向について見てみると、’ 24年1月31日までに発表された3月期東証プライム企業の’ 23年4月~ 12月期の約270社の決算の集計では、6割に当たる約160社で増益となり、純利益合計は前年同期比70 %増であった(日本経済新聞調査)。好調なのは内需型の多い非製造業で増益社数も66 %超であり、鉄道、空運、レジャー、外食、電力などで増益が目立つ。

JR 東日本は3月期の純利益の見通しを前期比66 %増の1 , 650億円へ上方修正。ANAHDsは3月期の純利益見通しを前期比45 % 増の1, 300億円へ引き上げ。オリエンタルランドは入場料引き上げ、入園者数増加で’ 23年4 ~ 12月期(9カ月)で前期比66 %増の998億円と5年振りの過去最高益となった。他方、サービス関連では、佐川急便(SGHDs)は12月期の純利益が483億円と前期比55%減となっている。小売業では、百貨店が訪日客の需要増からプランド品、高級時計、化粧品などの売上増から好調で、髙島屋が’ 23年9 ~ 11月期で営業利益が前期比23 %増、’ 24年2月期通期での営業利益は33年振りに最高となる見通し。ファーストリティリングは’ 23年9 ~ 11月期の純利益が前期比27 %増の1 , 078 億円となった。主として中国事業が堅調で、国内では純利益は 17%増であった。

外食企業も’ 23年9 ~ 11月期の決算において主カ19社中18社で純利益が前期比で改善した。吉野家HDは、牛丼値上げもあったが客数が増加し、10、11月の既存店売上は前年同月をそれぞれ7.7 %、8%伸ばしている。ハイディ日高は、値上げに加え駅前店舗中心に営業時間延長などにより客数を16 ~ 20 %伸ばし、客単価も2 ~ 5 %伸ばしている。大手外食企業では海外展開を本格化させているが、今後は人手不足による人件費、光熱費増の販管費対策が必要とされている。サイゼリアは全店でセルフレジの導入を目指し、ドトールでは店舗照明などの光熱費の見直しを進めている。

他方、製造業は業績にばらっきが見られ、回復が鮮明な非製造業とは状況が異なっている。半導体不足が一服し円安が貢献する自動車関連への期待が大きかったが、ダイハツ、トヨタグループでの品質不正問題から’ 24年1 月の生産水準は。20年6月以来の低さになると予測され、経済産業省が1月31日に製造業生産予測指数で1月は生産が10.5 %落ち込むと公表した。生産指数は前月比6.2 %低下、うち自動車は10.6 %低下で指数を2ポイント押し下げた。このことから’ 24年1 ~ 3月期は生産がマイナスになると予想されている。更に、中国経済の減速が製造業の業績へ影響を与えており、全体の堅調さとは裏腹に、中国関連の製造業21社のうち18社が減益予想を発表している。中華圏の売上が5割を占める村田製作所はスマートフォン、PC向け部品が低迷し、’ 23年4 ~ 12月期の純利益が1, 745 億円と前期比18 %減となり、中華圏売上も8 %減であった。キーエンスも同期で純利益2, 664億円で1 %減、ファナックは983億円で24 %減、TOTOは中国の不動産不況で水栓金具などが不調となり純利益が264億円で27 %減であった。

中国の製造業の回復は緩慢で’ 24年中は大きく改善される目途は無いと予想され、’ 25 年3月期もリスクとして残るとされている。それでも、世界の半導体業界の業績は持ち直しており、生成Alに関連する半導体関連の生産などに期待がかかっている。パナソニックHDsは’ 23 年12月期の純利益3, 991億円で前期比2.5倍であり、電気自動車向け電池や自動車部品販売が好調であった。以上のように非製造業が日本経済を引っ張る様相であるが、これらも、今春以降の日銀のマイナス金利政策の転換の予想もあり、今後は物価上昇率を賃上げ率が上回り、日本経済の内需拡大の好循環に大きな期待がかかり、製造業が中国不安や輸出低迷などによる苦境から早く脱却できることが望まれる。

さて、ここで企業価値向上は上場企業にとっても大きなテーマであるが、その一環として、東京証券取引所(以下東証と称する)では「PBR (株価純資産倍率)が1倍割れしている企業は株価が解散価値を下回っているということ」であり、1倍割れの低PBR企業が’ 22年末に全体の51 % (米国で5%、欧州では22 % ) であったことから、’ 23年3月に東証は資本コストや株価を意識した経営に取り組むようプライム上場企業へ要請を行い、その取組みを開示した企業の一覧も毎月公表してきた。東証によると、’ 23年末までに株価などを意識した経営への取組みを開示した企業はプライム市場で815社(49% )、スタンダード市場で300 社( 19 % )だった(東証開示状況報告’ 24年1月15日)。開示の中で多いのが、資本効率改善であり、自己資本利益率(ROE)などの指標を用いて経営管理を徹底し、投資家との対話に活かすことに着手している。

出光興産は、’ 26年3月期のROE目標を8%から 10 %以上へ引き上げた。その一環で自社株買いなどの株主還元策の拡充を盛り込む企業も増加している。また、数は多くないが、成長戦略による収益拡大を掲げる企業もあり、JVCケンウッドでは3年間で約650億円の成長投資を行い、北米市場での防災・警備向け無線機事業などを伸ばすとしているが、全体としては、記載例は少ない。投資家の企業への変革の期待は高く、機械商社の立花エレテック、化学メーカーのリケンテクノスは改革案の公表翌日に株価が2割上昇した。1倍割れの低PBRの山崎製パンでは、戦略的値上げに転換、’ 23年1月31日現在PBRは1.88倍となった。ROIC (投下資本利益率)を高める道のりをツリー状にして明示し、投資家に説明する企業も増えている。

こで、再度PBRを向上させるためには、その算式がPBR=ROE (自己資本利益率) ×PER (株価収益率)に分解されるが、PBR 自体を高めるためには、まず自己資本利益率を高め、株価収益率(一株当たり利益の何倍の株価か)を高めることがポイントである。また東証が提言している「資本コストを意識する経営」とは、企業のROEが資本コストを超える経営をすることである。

資本コスト=債権者への負債コスト(金利) +株主へのコスト (配当+株価上昇率)
WACC (加重平均コスト)はその代表的な計算方法

他方、東証は「資本コストや株価を意識した経営のポイントと事例( ‘ 23年1月17日)」の中で、●1)自社の現状分析・評価のポイントとして、①投資家の視点から資本コストを捉えることとしており、CAPM (資本資産価格モデル)から算出してもあくまでも推計値で、株主・投資家との認識を揃えることも重要としている。複数のモデルで測定、投資家との面談を通じて自社の資本コストのヒアリングもすべきとしている。②投資家の視点を踏まえて多面的に分析・評価をする。例えば、資本収益性(ROE、 ROIC)、市場評価(PBR、PER)のマトリックス分析を行う。両方が高い数値にあるか確認する。③バランスシートが効率的な状態かどうか点検する。これは、定期的に過剰な現預金がないか、その他の資産は収益獲得のために必要なものかどうかの点検を行う。改善が必要であれば、改善計画と合わせて株主・投資家へ説明していくことが必要である。

次に、●2)投資家が期待する「取組みの検討・開示」についてであるが、まず①資本コストや資本収益性を意識して持続的な成長のための知財・無形資産創出につながる研究開発投資、人的資本への投資や設備投資、事業ポートフォリオの見直しなどの取組みを推進することが期待される。また経営資源の適切な配分を意識した取組みとして、目標とするバランスシートを検討し計画立案する。将来キャッシュフローも含め、資本を成長投資や株主還元にどう配分するかの「キャッシュアロケーション方針」も決定する。

②資本コストを低減するという意識を持つ。まずは資本コストを上回る資本収益性を確保した上で、情報開示が不十分なことは経営の不透明性を高め、資本コストの上昇要因となる。投資家との効果的な対話は情報の非対称性を解消し資本コストの低減に有効。同様にコーポレートガバナンスの強化は収益の安定性、持続性、経営に対する信頼性も高めることから資本コストを低減させる有効な手段である。

③中長期的な企業価値向上のインセンティブとなる役員報酬制度の設計を行う。投資家の立場からも、インセンティプ型の役員報酬制度があるか否かは投資判断の大きな材料である。またマネジメント層、一般社員に対しても、自社株式やストックオプションなどのインセンティブが存在することが重要である。

④中長期的に目指す姿と紐付けて取組みを説明することが重要である。そのため、「ロジックツリー」なども用い、中長期の目標に対して経営指標を分解して、要素ごとの改善への取組みを示す。中長期的な時間軸の成長実現への方針や道筋(エクイティ・ストーリー)を説明することも有効である。

以上、企業価値向上に向けた東証の提言について説明をしてきた。上場企業には今まで以上に投資家を意識した開示の重要性の再認識が求められている。

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