本記事はBDO三優ジャーナル2024.Feb.No.157に寄稿させていただきました内容です。
新年度の日本経済の動向と日本企業の課題
ー自然関連財務情報開示はどうなる?ー
三優監査法人 名誉会長 杉田 純
内閣府が昨年12月8日に公表した2023年7 ~ 9月期の国内総生産 (GDP)の改訂値は、実質の季節調整値が前期比0. 7 %減、年率換算で2. 9 %減であった。マイナス成長は 3四半期ぶりで個人消費、設備投資が弱含みであった。内需に関連する項目の落ち込みが顕著で、GDPの過半を占める個人消費は前期比0. 2 %減(前期0. 9 %減)と2四半期連続のマイナスとなった。
長引く物価高から食料品(0. 3%減) 衣服( 3. 2 %減)などが全般的に振るわなかったことと、トヨタのシステム不具合による生産停止などから自動車の販売減少も押し下げ要因となった。
設備投資は、半導体市場の調整が長引き、半導体製造装置関連の投資が低調で、人手不足から工場などの建設投資もマイナスであったため、前期比0. 4%減(前期1. 0% 減)と2四半期連続のマイナスとなった。公共投資も前期比0. 8 %減(前期0. 3 %増)と6四半期ぶりのマイナスとなり’ 23年度の補正予算での押上げが一服した模様である。政府最終消費支出はコロナ禍の受診控えが落ち着き、医療費などが増大したことで、0. 3 %増(前期0. 0 %増)となり4四半期連続のプラスであった。
輸出は前期比0. 4 %増(前期3. 9 %増)で2四半期連続のプラスを維持したが、勢いは感じられない、自動車が輸出をけん引したが、インバウンド(訪日外国人)の消費は前期比5. 0% 減(速報値)で経済正常化による回復傾向にも一服感が出ている。輸入は前期比0. 8 %増(前期3. 8 %減)と3四半期振りのプラスであった。これは、海外のアプリ利用、サプスクリプション (定額課金)などの著作権料等使用料が伸びたことによる。輸入はGDPの控除項目であるため、前期の3. 8%減はGDPを押し上げていた。なお、国内の総合的な物価動向を示すGDPデフレーターは前年同期比5. 1 %の上昇で4四半期連続の上昇であった。
日本経済の以上の現状は物価上昇率が高止まりしており、所得環境の改善が進まず、個人消費が停滞しており、内需に力強さが無く、外需も中国経済の先行き懸念やその他米国、EUなどの海外景気の下振れリスクなどから、企業収益は高水準を維持するものの、実際の投資活動は弱含みである。このような状況から見て、日本経済は停滞しており、民間の予測では、’ 23年10 ~ 12 月期はプラス成長に戻ると見込んでいるが、持続的な成長の好循環へは、何より所得増に裏付けられた消費拡大が欠かせないと指摘されている。
他方、金利の動向も多くの企業には関心事であるが、現在日銀の2 %の物価目標は、’ 22年度に3 %、’ 23年、’ 24 年度も「経済・物価情勢の展望レポート」ではいずれも2. 8 %を予想しており、マイナス金利政策で利上げが出来る環境が整ったとされ、17年振りに利上げの機運が高まっているようである。
それでも日銀は「賃金と物価の好循環」が未だ確実ではないとしており、その根拠として、マイナス金利の解除は当面2 %の物価目標に対し潜在成長率がゼロ経済に中立的な金利は2 % であり、それに向け0. 25 %の利上げを8回繰り返すことになる。それに耐えられるほど日本経済が強いかが問われることになるが、第一に需給ギャップが’ 23年4 ~ 6月期で0. 07 %マイナスであり、僅かに需要不足となっている。第二に賃金の伸びが名目賃金で’ 23年5 ~ 6月で2 %台、8 ~ 9月は1 %台を割り込んでおり、賃上げ率が物価上昇率に追いついていないことが指摘されている。
加えて円安、資源高で日本経済の交易条件も悪化しており、それが、実質賃金の低下、企業収益の悪化をもたらしているとされている。つまり、日本経済が金利引き上げをしつつ成長軌道に戻るには、本年のべアを昨年以上の3 %、春闘賃上げ率で5 %近い水準を達成できるかに掛かっていると見ているのである。他方、米国が利下げに転じ、日米金利差が縮小し、1ドル130円程度に落ち着けば理想的で企業収益への影響も大きくならないと想定されている。いずれにせよ、マイナス金利の方向転換は、まだいくつかの壁があることも考慮すべきである。
ここで、世界経済の動向も見てみると、経済協力開発機構 (OECD)は’ 23年11月29日に世界経済の見通しを公表した。’ 23年度の世界経済の成長率は3 %割れした2. 9 % (前回9月3. 0 % ) と下方修正した。OECDは世界の大半の地域で金融引き締めが金利水準に敏感な分野の企業活動を抑制していると指摘し、特に間接金融の依存度の高いユーロ圏での影響は顕著としている。なお、世界経済は、’ 24年度も3 %割れの2. 7%とし、’ 25年に3. 0 % に回復するとしている。これは、’ 24年後半に米国が、’ 25年にはューロ圏が利下げに踏み切り、景気を下支えすることになるからと説明している。
主要国では、中国が幅広い政策出動により経済が安定しつつあり、’ 23年5. 2 % (前回5. 1 % )、’ 24年4. 7 % (前回4. 6%)と前回より0. 1ポイント引き上げた。米国は、’ 23年2. 4 % (前回2. 2 %)、’ 24年1. 5 % (前回1. 3 %)の予想で、コロナ禍で家計が増やした貯蓄が消費を支えたが、金利引き上げの影響が想定より大きく、金融システムのストレスにつながった。
日本は’ 23 年1. 7 % (前回1, 8 %)、’ 24年1. 0% (前回1. 0 % )と1ポイント引き下げられた。強い不確実性と物価上昇が個人消費・投資を抑制したとされた。なお、OECDは目先の世界景気は下振れするリスクが上振れの可能性より大きいとみている。イスラエル・ハマス紛争は成長鈍化とインフレ加速要因となると指摘もしている。
次に企業業績の動向について上場企業を中心に見てみると、東証プライム市場上場の3月期決算会社約1 , 020社の’ 24年3月期決算の昨年の11月中旬における業績予想の集計では、純利益が前期比13%増の43兆4, 397億円で予想の上方修正が相次ぎ、9 月時点の6 %増加から上振れした(日本経済新聞調査)。また予想純利益率も約6 %と’ 08年の金融危機後で2番目の水準となっている。中でも増収増益型の企業が社数ベース約56 %と好調企業の裾野も広がっている。
製造業の純利益は、14 %増の21 兆2, 355億円を見込む。けん引役は自動車や食品であり、トヨタ自動車が値上げや好採算の車種の増加が営業利益を1兆7 , 300億円押上げ、最高益を計画しており、スズキも円安効果とインド市場で販売が伸び最高益となる模様。
食品も遅れていた値上げが国内で浸透し日清食品は、6月に即席麺を1割以上値上げした。今期は最終減益を予想していたが、増益へと上方修正し、キッコーマンでも国内で調味料の値上げが進んでいる。
ただ、中国経済減速により、中国向け売上の多いファナック、村田、キーエンス、オムロンを含む17社では17社合計純利益は前年同期比で2 割減っており、’ 23年7 ~ 9月でオムロンは73億円の赤字となった。同様に村田製作所、京セラ、TDK、ロームなどを含む電子部品大手8社もスマートフォン市場の低迷、データセンター投資抑制などからニデック、アルプスアルバインを除く6社で’ 24年 3月期の減収・減益を予想している。
他方、非製造業は13 %増の 22兆2, 044億円の見通しとなっており、人流の回復で鉄道・空運の採算が上向いている。とりわけ、流通小売りでは、三越伊勢丹が’ 24年3月期の売上高6, 972億円(8 %増)、純利益370億円( 14 % 増)を予想し、髙島屋は’ 24年2月期の売上4, 650億円( 5 %増)、純利益295億円( 6 %増)と予想している。インバウンド需要の増加、光熱費などのコスト削減、外商強化、ネット活用による新顧客拡大などによるとされている。ゼンショーHD、トリドール、コロワイド、松屋フーズなどの外食大手9社では、’ 23年4 ~ 9月期で全社が本業の営業損益が前年同期から改善されており、企業価値向上を目指す動きから、同期の投資キャッシュフローの合計も1,221億円(前年同期比3.7倍)となり有形固定資産取得、 M&Aなどの支出増加に充当された。以上流通サービス関連でも英国や米国のすし店経営会社のM&Aや、セルフレジ、配膳ロボットによる業務効率化投資なども増加させている。
さて、以下ではサステナビリティ関連の財務情報開示に、新たな課題が上場企業に求められようとしているので詳述することにする。これは、’ 23年9月18日にTNFD (自然関連財務情報タスクフォース、Task Force on Nature – Related Financial Disclosures)の最終提言であるvl . 0が公表されたことによる。
TNFDは、企業に自然に関するリスク管理と情報の開示を要請する機関であり、そのために開示ガイドラインを含む最終提言となっている。既に上場企業には、’ 23年3月期の有価証券報告書から法令により「サステナビリティ情報」の記載が義務付けられていた。この開示には、国際的な開示基準を参照することが可能であり、各企業が同様な内容の開示指針を採用すれは、開示情報の利用者は比較可能な情報を得ることが可能となる。
そのため、「気候関連財務情報」の開示については、国際的な開示指針の一つであるTCFD (気候関連財務情報開示タスクフォース)が’ 17年に公表され、世界では4, 872社、日本でも1 , 470社の企業・機関が賛同している( ‘ 23年10月12日現在)。今般、TNFDの最終提言が公表されたことで、今後は企業が自然に関する情報を開示していく上で、広く参照されることが想定されている。
既にコーポレートガバナンスコードでは気候変動に関する情報開示にはTCFDに沿った開示をすべきとされており、自然に関する情報開示のニーズが高まれば、同様にCGコードや取引所からTNFD 提言に沿った開示が早晩求められる可能性は高いと想定される。
また、 ISSBはサステナビリティ全般と気候変動に関する基準の 2つを公表しているが、今後検討する新たなテーマの一つとして、「生物多様性、生態系、生態系サービス」を挙げており、将来的には自然に関するテーマ別の開示基準が策定されると思われる。それは提言の中でも、ISSBの自然に関する基準検討の際には、TNFDが参考とされると言及もされているからである。
次に、TNFD提言の概要について以下に記述することとする。
TNFD提言を理解するために、まず、TNFDが「自然」と企業がどのような関係にあるかを示す用語の意味は知っておく必要がある。TNFDでは、①「自然」は、人間を含む生物の多様性と、生物同士および生物と環境との相互作用に重点を置いた自然界。陸地、海洋、淡水、大気の4つの領域で構成される。②「自然資本」。再生可能および再生不可能な天然資源(植物、動物、空気、水、土壌、鉱物など)のストックなどの組み合わせによって人々に利益をもたらす。③「生物多様性一自然の各領域にわたる生物間の多様性。これには、種内における多様性、種間の多様性、生態系の多様性も含まれる。④「生態系」。機能単位として相互作用する、植物、動物、微生物群集と非生物環境の動的な複合体。 ⑤「生態系サービス」。経済活動はその他の人間活動の利益に対する生態系の寄与。供給サービス(作物、木材、水の供給など)、調整・保守サービス(気候調整など)、文化サービス(観光の機会など)の3つに分類される。
次にTNFDの開示の提言は、第一に TCFDと整合した「ガバナンス」、「戦略」、「リスクとインパクトの管理」、「指標と目標」の4つの柱で構成されている。第二に 4つの大項目に対して、開示推奨項目は全14項目で、うち11項目はTCFDと同様な項目が引き継がれている。なお、追加された3項目は「人権方針とエンゲージメント」、「優先地域」、「上流から下流までのバリューチェーン全体の考慮」である。
開示推奨項目の詳細は以下の通りである(新設項目は☆印)。
▶1)ガバナンス(自然関連の依存、インパクト、リスク、機会に関する組織のガバナンスを開示する)ー①取締役会の監視について説明する。②ガバナンス全体の評価と管理における経営者の役割についての説明。☆ ③先住民、地域コミュニティ、影響を受けるその他のステークホルダーに関する組織の人権方針と工ンゲージメント活動、取締役会と経営陣の監督についての説明。
▶ 2 )戦略(自然関連の依存とインパクト、リスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に与える影響が重要である場合に開示する)ー①組織が短期、中期、長期で特定した自然関連の依存、インパクト、リスク、機会について説明。②依存とインパクト、リスク、機会のビジネスモデル、バリューチェーン、戦略、財務計画に与える影響について、移行計画や分析と合わせて説明。③ 様々なシナリオを考慮し、組織の戦略のレリジェンスを説明。☆ ④優先地域の要件を満たす、組織の直接操業における資産、活動拠点の場所を開示(可能であれば、バリューチェーンの上流、下流も対象)。
▶ 3 )リスクとインパクトの管理(組織が自然関連の依存、インパクト、リスク、機会をどのように特定、評価、管理しているかを開示)ー①組織が直接操業において自然関連の依存、インパクト、リスク、機会を特定、評価、優先順位付けをするための組織のプロセスを説明。☆②上流、下流の①と同様の依存、インパクト、リスク、機会を特定、評価、優先順位付けするためのプロセスを説明。③管理するための組織のプロセスを説明。 ④自然に関するリスクの特定、評価、管理のプロセスが、企業全体のリスク管理にどのように組み込まれているか説明。
▶4 )指標と目標(重要な自然関連の依存、インパクト、リスク、機会を評価し管理する指標、目標を開示する) – ①戦略、リスク管理プロセスに沿って、重要なリスク、機会を評価・管理のため使用している指標を説明。②自然への依存とインパクトを評価し、管理するために組織が使用する指標を開示する。③組織が依存、インパクト、リスク、機会を管理するため使用している目標に対するパフォーマンスを説明。
以上、TNFDの概要の説明をしたが、実は、さらに、追加のガイダンス、関連課題の特定と評価のLEAPアプローチやセクター別やバイオ別のガイダンスなども公表されており、これらを参照しながらシナリオ分析、ターゲット設定に至ることになる。(これらの概要については次号以降で解説予定)