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中小企業におけるサステナビリティ経営の留意点 経営環境編 第2回

SDGsとサステナビリティ経営を実践するハードルと解決の糸口

SDGsの17の目標を描いたアイコンを目にしない日はないほど、SDGsが身近にあります。

SDGsの解説は、様々な書籍や記事に掲載されており、本稿で詳細は述べませんが、その「S」、「サステナビリティ(持続可能性)」を筆者の言葉で平たく言えば、「自分たちの子供や孫やその先の世代まで、健やかに住み続けられる我が家として、この地球を残そう」という意味です。サステナビリティ経営とは、「その将来の姿に船首を向けて、未知の大海を航海してゆこう」というイメージで、船の舵取りを担う船長である社長の責任は重大です。

サステナビリティの実現に必要な分野は幅広く、SDGsの17の目標では網羅的ではないと言われることもありますが、世界の人々の理解と共感が進むように、コンパクトに纏められています。飢餓の撲滅、ジェンダー平等、安全な水とトイレ、海や陸の豊かさなど、私たちの社会問題群がここにあります。企業では、この数年で温暖化対策を含む気候変動への対応が不可避になってきました。

本稿では、気候変動対策の一環として温暖化ガス排出削減に関する企業の取り組みを例に、サステナビリティに対する企業の「本音」を読み取った上で、SDGsが企業経営に浸透する上で2つのハードルに着目して、それを乗り越える糸口を探ってみたいと思います。

【ハードル1】CO2削減に努力しているからSDGsに貢献して十分じゃないか

(1) CO2削減をめぐる経緯と最近の動き−大企業の開示事情について

CO2を含む温暖化ガスの排出をめぐる動きは、世界で大きく加速し、会計の世界にも大きな変化をもたらしています。少し長くなりますが、世界のこの8年ほどの動きを要約してみます。

①気候変動対策からTCFDに準拠した開示の流れ

2015年に採択されたパリ協定で、「産業革命以後の世界の平均気温上昇を2℃以下に抑えることを目標に、可能な限り1.5℃以下に抑える努力をする」ことが定められ、世界の目標が「低炭素」から「脱炭素」へと大きく舵が切られました。

世界では様々な取り組みが動き始めました。特に温暖化による気候変動が、地球環境や経済循環に大きな変化をもたらし、それが金融リスクにつながると判断したのが、世界の金融業界と超長期で資金を運用する機関投資家です。

「気候関連財務情報開示タスクフォース」(以下、TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、この動きの中で、金融安定理事会(FSB)が、「気候関連の情報開示及び金融機関の対応をどのように行うかを検討する」ために立ち上げたイニシアチブです。

我が国でも、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から、サステナビリティに関する企業の取組みの開示が義務付けられ、そこでは、TCFDに沿った四つ(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標)の情報開示が求められています。

すでに統合報告書として、サステナビリティに関する企業の考え方や気候変動に関する情報を集計し、開示してきた企業もありましたが、初年度の2023年度は、有価証券報告書の開示の「形をつくる」ことで手一杯だった企業が少なくないのが実情だったと思います。特に、定量情報である温室効果ガスのScope1(燃料の使用や焼却設備での燃焼などによって、自社が直接排出した温室効果ガスの量)、Scope2(他社から供給された電気、熱・蒸気を自社で使用する際に伴う間接排出)の算定のために、子会社を含めて、データ集めに奔走した経理部・経営企画部の方々も多かったのではないでしょうか。

今後、Scope3(Scope1、Scope2以外の間接排出)の算定が求められ、結果として「Scope1+2+3=サプライチェーン全体の排出量」の開示が求められることになります。すでにEUは、EU域内で一定規模以上の連結売上高など条件を付した上で、域外企業にも、EU独自の報告基準に基づくサステナビリティ情報の開示(CSRD、ESRSと呼ばれるもの)を義務付けており、そこではTCFDのScope3だけではなく、さらに日本企業がまだまだ取り組んでいないサステナビリティ情報が求められています。EUを主市場とする我が国企業が求められるサステナビリティの動向は、よりシビアです。

②TCFDからIFRSの統合

なおIFRS財団の下に、IFRSの制定主体である国際会計基準審議会(IASB)と共に属する、国際サステナビリティ基準審議会(以下、ISSB)が、2024年以降、TCFDのこれまでの取り組みの責任を引き継ぎました。

このISSBは、2023年に、IFRSサステナビリティ開示基準として、IFRS S1号「全般的要求事項」及びIFRS S2号「気候関連開示」を最終公表し、S2号はTCFDの考え方を踏まえています。このことから筆者は、世界のサステナビリティに関する共通プラットフォームとしてのサステナビリティ情報の開示は、国際会計基準(IFRS)と両輪を組み、IFRSサステナビリティ開示基準が担っていくものと予測します。

③最近の国内の動き

また2024年2月20日付日経新聞掲載記事の通り、我が国でも2025年3月末までに、サステナビリティ情報に関して、新たな有価証券報告書の開示基準を策定するとともに、2025年度以降の国会で、その情報への保証を求める検討が進められようとしています。

これらの最新の動きは、まずは有価証券報告書を作成する企業が対象であり、特に保証の要請はプライム企業から開始されると思われますが、その中に、Scope3が含まれることを考えると、対象となる大企業との取引がある中堅・中小企業でも、Scope3の対象として、精度高く温室効果ガスの排出量の算定や削減目標の設定が求められることが十分に考えられます。

(2)国内企業の本音(?)の声

このような動きの中で、中小・中堅企業の経営者の中からは、「CO2を含む温室効果ガスの算定と削減目標だけで手一杯だ。それだけで、SDGsとしても、サステナビリティ経営としても十分ではないか。」という声が聞こえてきそうです。実際、「サステナビリティは、もうからないが、やらなければならない。」という経営者の声を聞くこともあります。

確かに、これまで想定していなかった温室効果ガスの排出量算定業務が加わることは、大きな手間とコストの発生です。「大手の取引を継続するため、金融機関の信用を維持するため、必要なのはわかる。だけど、この負担をしても、儲けにつながらない」。そういう本音が聞こえてきそうです。

確かにそうです。気候変動対策として、温暖化対策をすることは、「マスト」であり、企業のサステナビリティ活動としては、他社もやっていることですから、「最低限(ミニマム)」と言えるかもしれません。

(3)必要なことは割り切りと発想の転換

ここで筆者が言いたいことは、2つあります。

まず、当たり前ですが、「データ情報開示作業それ自体が、積極的にビジネスをクリエイトすることはない」と、発想を変えて割り切ることです。

そうだとすれば、情報開示に必要なデータの作り方や、開示の作法は、第三者の支援を借りて、やり方の手順を確立して効率化することも一案です。これらの作業については、すでに複数の支援サービスが立ち上がっており、インターネットで見積もりも可能なサービスもあります。

むしろ経営者として、力を注ぐべき大切なのは、算出されたデータの内容を腹落ちさせて、直すところは直す、良いところは伸ばし、その他のサステナビリティの取り組みを含めて、金融機関、従業員を含む様々な利害関係者に、わかりやすく説明していくことではないでしょうか。

この「マスト」の負荷作業を効率化して平準化しようという業務改善の発想そのものは、サステナビリティ情報開示だけでなくとも、例えば税法の電子帳簿保存法対応など、新規の作業負荷増加でも、共通すると考えています。

もう1つ発想の転換として、「サステナビリティの取り組みを、事業そのものに生かしてゆく」と考えてみてはどうでしょう。

しかし私の経験上、温暖化対策をはじめ、その他のサステナビリティ分野を含めて、実際のビジネスにクリエイトする上で気を付けるべき傾向があります。

【ハードル2】SDGsの努力を事業に活かせるのか

最近、筆者がご支援している中堅企業様は、まさにこの論点に取り組んでおられます。

まだ若いオーナー経営者が、この数年、自ら陣頭に立って引っ張る新規事業のお話を、熱っぽくお話しくださいます。

「会社の将来のために、ぜひこの社会に役立つビジネスを確立し、屋台骨の既存事業とのシナジーを実現したい。今時点で利益はでないが、将来のために役立つ投資である。しかし社員は、戸惑っていて力を発揮できていない。」

掲げることは確かにSDGSのバッジにも合致し、私も、お話しにグイグイと引き込まれます。しかし冷静に立ち返り、社長のお話を、頭の中で、戦略のロジックに置き換えます。しかしスムーズなストーリーに描けません。とても素晴らしい信念なのに、なぜ、すっきりと腹落ちしないのだろう。社員の方々が、戸惑うのは、このモヤモヤを感じているからだろう。

戦略の考え方には、様々あります。本稿では、戦略は「勝つ」ためのものであり、競争相手に比して、持続的な競争力(優れた強さ)があってこそ勝てるのだ、という仮定を置きます。サステナビリティ経営においても、その根本は変わらないはずです。

そこで私が社長に、問い返したことは3つ。

(1)「その社会に役立つことを、なぜ、御社がやらなければならないのでしょうか」

(2)「仮に御社がやるべき事業であったとして、その分野で先行している企業に対して圧倒的に強い点は何でしょうか」

(3)「新規事業を担う社員の方は、現業の営業成績と新規事業の推進と、どちらで評価されますか」

つまり、(1)やるべき「大義」であり、(2)持続的で相対的な強みをもつ「競争戦略」のあり方、(3)既存事業とサステナビリティに関わる新規事業の時間軸の違い、についての質問でした。

これまで、他社に比してより強いパフォーマンスを発揮する既存事業を立ち上げて来られた経営者でも、「サステナビリティや社会に役立つ事業」の創出に強く傾倒すると、この3点を、とくに相対的な視点が瞬間的に弱まる印象があります。あるいは無意識に、成功してきた既存事業のエリア拡大か深耕戦略の応用と位置付けておられるのかもしれません。

サステナビリティ時代の事業は、これまでのように大量生産による低コスト・低価格、または独自性だけのビジネスでは、同じようなコンセプトを持つ競争相手に対する圧倒的な競争力を持続できなくなりそうです。製品・サービスのクオリティはもちろん、さらに、その事業の意義や供給過程を含めたビジネス全体に対して、従業員や消費者をはじめ、言葉や国籍が異なる世界の方々の共感を得られること。そのような「コトやモノ」が求められるのだと思います。

このような議論を何度も継続してゆく中で、その経営者の方、そのサポートを行う経営企画部の方々からも、考え方が整理できたと言って頂くことができました。

経営者の皆様にとっても、サステナビリティ時代の事業計画を描くとき、いまいちど、経営戦略・事業戦略構築の基礎に立ち返り、社員の皆さんとともに議論されてみてはいかがでしょうか。

次回(第3回)は、本稿の最終回になります。世界のサステナビリティをめぐる視野が、温暖化から自然循環へと変化していること、そして筆者である私の自然に対する思いを書かせていただきます。

守岡 伸彦(公認会計士・MBA)

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