1. はじめに
持続可能性やサステナビリティという言葉を聞かない日はないと思います。さらに、SDGs、気候変動、脱炭素やカーボンニュートラル、TCFD、ネイチャーポジティブ、サステナビリティ情報開示など、たくさんのキーワードに、混乱しそうになります。
このコラムに目を留めて頂いた中小企業経営者のみなさまは、いま、サステナビリティと、どのように向き合っておられるでしょうか。そのお気持ちを代弁すれば、「将来世代に大きな負担を背負わせない社会づくりの大切さはわかる。一方、その範囲は膨大で、手間や費用が増して経営の負担になるから悩ましい」。そのようなイメージをお持ちでも不思議はありません。実際に大企業の経営者の方々からも、そのような本音が垣間見えることもあります。
一方で、サステナビリティの考え方を企業経営に取り込むことは、将来に向けて自社の足腰を強くするために欠かせません。また、その定着には、従業員や取引先、さらに会社がある地域や自治体との連携も大切です。
このコラムでは、中小企業の経営者の皆様が、サステナビリティへの理解を深め、社員や地域との活発な対話の一助となるように、サステナビリティ、とくに環境に配慮した経営が持つ意味合いを、三回にわけて、できるだけ分かりやすく書いてみたいと思います。
まず本稿(第一回)では、差し迫った気候変動対策の要請について。
第二回は、気候変動対策とSDGsの関係、そして中小企業への役立ち。
第三回は、気候変動から自然や生物の多様性へと広がるサステナビリティの考え方など、今後の動向についてもご紹介したいと思います。
2. 気候変動対策の背景と開示の要請
経営者の皆様にとって、最も身近なサステナビリティの話題は、脱炭素やカーボンニュートラルの実現ではないでしょうか。カーボンニュートラルとは、「温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる」という意味です。世界は、世界的な平均気温上昇を工業化以前に比べて、1.5℃以下に抑えるパリ協定(2015年)の合意に基づき、2050年にカーボンニュートラルを実現するという目標を掲げています。
いま毎日のように、気候変動に関連すると思われる甚大な気象災害のニュースが届き、「気候危機」の時代にあると言われます。今後も、猛烈な豪雨や干ばつ、酷暑や強烈な寒波の襲来が予想され、その原因の一つとされる温室効果ガスの削減は、まったなしです。企業経営の立場で言えば、この気候変動を長期的なリスクとして捉えることが必要であり、逆に、カーボンニュートラルの実現に役立てば、新たなビジネス機会を創れるともいえます。このような背景から、世界では超長期の巨大年金資産を運用する機関投資家を中心に、企業をめぐる環境(Environment)・社会(Social)との関係性や企業統治(Governance)を評価するESG投資という考え方が始まり、現在、大企業はもちろん中小企業向けの融資評価でも普及してきました。
さらに気候変動による甚大な災害などが金融市場を不安定にするリスクに注目し、気候関連の情報開示及び金融機関の対応を検討するため、2015年、金融安定理事会(FSB)が中心となり開始した取り組みが、TCFD(Task Force on Climate-Related Financial Disclosures – 気候関連財務情報開示タスクフォース)です。”Disclosures”とは「開示」という意味で、現在、世界全体では5,000近い企業・機関が、日本では約1,500の企業・機関が賛同し、脱炭素社会に向けた各々の取組を、同じ報告の枠組みで社会に対して明らかにする、という意味合いがあります。各企業は、気候変動を抑える企業統治の仕組み(Governance)、実行に向けた戦略(Strategy)、リスク管理(Risk management)、その実現を測る指標や目標(Metrics and targets)の体系で、自社の状況を明らかにしなければなりません。
この開示の対象は拡がっており、自社の事業活動に伴う温室効果ガスの排出だけでなく、原材料や部品、エネルギーの調達などを含む事業のつながり(サプライチェーン)全体での削減に取り組む動きも求められています。我が国では、上場企業の法定書類である有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方と取組」として記載欄が新設され、2023年3月期決算より、その記載をご覧になった方もいらっしゃると思います。
なおTCFDは2023年10月に解散し、その役割は、IFRS(国際会計基準)の策定を担うIFRS財団に引き継がれました。2023年12月現在、IFRS財団は、TCFDの4つの報告の体系とIFRSサステナビリティ開示基準(IFRS S1号・S2号)をマッピングしたツールを公表するなど、今後も統合が進むものと考えられます。
3. 中小企業にとって意義ある進め方とは
中小企業の立場に立てば、これらは、グローバルに事業を展開する大企業の課題だと思われるかもしれません。しかし、大企業への部品や製品の供給を通じて、サプライチェーンの一翼を担うならば、企業の規模に関わらず、カーボンニュートラルの動きに同調することが不可避となってきました。最初の段階では負担を伴いますが、皆様の会社でも自社の経営に取り込み、取引先はもちろん、金融機関や消費者をはじめ社会からの評価につなげることで、企業規模に関わらず、脱炭素社会の中で選ばれる企業となることでしょう。取組みの進め方にご興味がある方は、環境省の「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック」(Ver1.1)が参考になります。
脱炭素を意義ある取組みとするためには、ぜひ、全社の取組に拡げていってください。サプライチェーンの動きを常に肌身で感じる営業担当者や購買担当者、人財採用活動を行う人事担当者、株主や金融機関との対話を行う総務や財務部門など、取引先や社会と直接の接点を持つ社員とともに、まず、脱炭素に関わる自社の現在位置を捉えなおすことが大切です。そして、これからの10年、20年先に、会社はどこに向かうのか。それを指し示すのは、経営者にしかできない役割だと思います。実際に、私どもでも、このような議論をきっかけとして、二世社長を中心に経営陣とチームを組み、通常3年間の中期経営計画のレンジを越えて、将来の事業の方向性を描くご支援を行っています。
第二回は、カラフルなアイコンで17の目標が示されるSDGsについてお話いたします。
守岡伸彦(公認会計士)