本記事はBDO三優ジャーナル 2023. Dec. No.156に寄稿させていただきました内容です。
最近の日本経済の現況と本年度株主総会のサステナビリティ開示について
ー資料の電子開示からガバナンス強化までー
三優監査法人 名誉会長 杉田 純
内閣府が2023年9月8日に公表した’23年4~6月期の国内総生産(GDP)改定値は、実質(物価変動の影響を除いた)の季節調整値で前期比1.2%増(8月速報値1.5%増)、年率換算で4.8%増(速報値6.0%増)であった。3四半期連続のプラス成長は維持したが、企業の設備投資が速報値から下振れし前期比1.0%減(速報値0.0%増)と2四半期ぶりのマイナスとなった。速報値からのGDP成長率の低下は設備投資の減少要因が大きい。
内容としては非製造業の投資がマイナスで製造業はプラスであった。内需の柱である個人消費は0.6%減(速報値0.5%減)、宿泊サービスが前期比0.1%増(速報値0.3%増)、食品などの非耐久財も前期比2.1%減(速報値1.9%減)となりマイナス幅が拡大した。公共投資は0.2%増(速報値1.2%増)へ下方修正、住宅投資は2.0%増(速報値1.9%増)と上方修正された。
他方、同4~6月期のプラス成長は、外需の牽引によると見られている。輸出が3.1%増(速報値3.2%増)と下方修正されたが前期(1~3月3.8%減)からの反動増で増加基調を維持、輸入は4.4%減(43%減)とマイナス幅が拡大。また、物価動向を示すGDPデフレーターは前年同期比3.5%増(速報値3.4%増)となった。輸入物価の上昇が一服し、国内での食品、日用品への価格転嫁が拡大している。
外観的には、現状の日本経済は一定の成長を維持しつつあるが、コロナ禍が完全とはいえないまでも、収東傾向にあり、経済が正常化しつつある中では内需の勢いが弱いことが指摘されている。
加えて中国の不動産不況、米国、ユーロ圏のインフレ抑制のための利上げによる成長率の下方修正が見込まれており、日本経済の懸念材料は多い。
ここで、海外諸国の経済動向を見てみると、米国、ユーロ圏で利上げが続いており、経済悪化の可能性がある。9月11日に欧州委員会は、ユーロ圏20ヶ国の’23年の実質成長率を0.8%増(5月推定値1.1%増)と0.3ポイント下方修正し、ドイツは0.4%減というマイナス成長を予測している。
また、気になる中国経済について中国国家統計局は、6月の16~24歳の失業率21.3%(3か月連続)で過去最高を更新、職探しをしていない若者も含めると若年失業率は46.5%という試算を出している。更に、7月の工業生産は前年同月比3.7%増(6月4.4%増)と鈍化している上、多額の債務を抱える不動産関連企業の経営は不透明感を増しており、地方政府傘下の投資会社等の有利子負債を含む中国の公的債務は中国のGDPの9割に達しているとする民間の調査もある。
中国のGDP1.0%減は世界のGDP成長率を0.4%減らし、日本経済を0.35%下押しさせると予想するエコノミストは多い。要するに世界の景気動向は中国経済の変調が最大の不安材料になりそうな様相である。一方で米国経済は、8月の製造業景況感指数が前月より1.2ポイント上昇し47.6となった。
好不況の分岐点となる50を10か月連続で下回ったが、雇用、生産活動は改善の兆しを見せている。したがって、インフレにより消費者の購買意欲の減退、経済環境の不透明さから電子機器、部品についても先行き不透明感は拭えないが自動車などについての需要は堅調と見ている。総じて中国経済の動向が今後も焦点になりそうである。
ここで、上場企業の業績動向も見てみると、23年4~6月期の決算では8月14日までに決算を発表した1167社、全36業種のうち7割となる24業種で、前年同期比で最終類益が改善している(日本経済新問調査)。インフレによる値上げと経済再開などを起因として電力、鉄道、バスなどの非製造業が好調で、レジャー関連も含め7割の業種で損益が改善された。
製造業は円安、半導体供給網の復調から自動車が回復したが、中国経済の減速から景気に敏感な化学、非鉄金属などは低迷し、二極化が鮮明となっている。
内需関連では、外食大手18社では人流回復と合理化の進展によりコロナ前比で増益基調となり、トリドールIDでは営業利益が前年同期比で4割増、ゼンショーHDでは3割のメニューを値上げしたが、客数は1割増え、営業利益はコロナ前の2倍強へ増加、8割の商品を値上げしたマクドナルドも営業利益はコロナ前比54%増であった。
上場企業(1103社)の”24年3月期の予想純利益は前期比6%増で、3期連続で最高益になりそうである(日本経済新聞調査)。決算予想の修正については、上方修正した企業84社(全体の8%)、下方修正した企業29社(全体の3%)、6月末時点の予想増益率より1ポイント上振れしている。
予想の引上げが目立つのは、経済再開の恩恵のある内需関連業種で、三越伊勢丹は高級品の売上増から純利益予想を20億円上方修正している。インバウンド需要関連のホテル稼働率上昇により京王電鉄は純利益がコロナ前の9割の水準まで回復する予想をしている。
製造業は既に述べたように二極化しており、円安と半導体供給の改善から自動車関連の日産、デンソーなどが上方修正しているが、中国向け売上が5割のTDKでは下方修正している。ただ、現状では1ドル145円を超えた円安は自動車業界などでは一段の上方修正の可能性もありそうである。
次に本年6月に行われた上場企業の株主総会の状況とサステナビリティ関連開示について検証することとする。本年の株主総会は昨年と異なり、第一にコロナ関連の政府方針(’23年2月10日公表)により久し振りに行動制限が緩和された株主総会が開催されたこと、第二に、法令等の改正の観点から、
1)’22年9月1日施行の改正会社法により上場会社は株主総会資料の電子提供制度が適用され、加えて、
2)コーポレート・ガバナンスへの取組みを進化させる、’23年1月31日公布・施行された改正内閣府令により、上場企業の’23年3月期決算から有価証券報告書における非財務情報の開示拡充が行われ、女性管理職比率や人材育成方針についても記載が求められるようになった。また、
3)’23年3月31日には、東京証券取引所から全上場企業のうちPBR(時価純資産倍率)が1倍を切る上場企業が過半近くになっている証券市場の現況から、これらの企業の企業価値向上のため、資本コストや株価について株主との対話推進の要請が公表された。
上記の法令改正等を踏まえた本年度株主総会の変化について、まずコーポレート・ガバナンスの状況の変化における
1)機関設計の動向について見ると、
①監査等委員会設置会社への移行が進む
6月総会時点での移行会社は39.5%(前年比2.7%増)で内プライム市場42.1%、スタンダード市場32.9%(三井住友託銀行調査)であった。これは高い独立社外取締役割合が上場各社に求められている一方、社外取締役の適任者が限られていることが原因であり、社外監査役に加えて社外取締役を選任する負担感・重複感解消のために監査等委員会設置会社への移行は否定されるものではないという意見(「コーポレート・ガバナンスシステムに関する実務指針」)もあることによる。
② 独立社外取締役割合の充足企業の増大
コーポレートガバナンス・コード(以下CGコードという)原則4-8でプライム市場では3分の1以上、その他の市場では2名以上の独立社外取締役の選任が求められている、本年総会後、プライム市場で3分の1以上選任している企業は95.8%、全上場会社でも71.9%(前年同期比3.8%増)、スタンダード市場でも50.0%の企業が3分の1以上の選任を終えている(CG報告書)。なお、原則4-8によりプライム市場の企業で過半数の選任が必要と考える企業が既に15.9%ある。今後も上昇傾向は続きそうである。
2)スキル・マトリックスの開示
CGコード4-11①ではスキル・マトリックスをはじめとして、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキルの組み合わせの開示が求められている。
日経500採用会社ではほとんどの企業がスキル・マトリックスを開示している。また、取締役会全体のスキルや多様性を図表で説明する「スキル・チャート」や各スキルの選定理由を要約した「スキル・サマリー」、総会参考資料の取締役選任議案に候補者のプロフィール、経験、スキルを明示する「候補者プロフィール」などの開示も徐々に拡大しており、「スキル・マトリックス」だけでは、スキルごとの充足の有無の判断基準としては不十分とされている。
3)株式報酬制度導入の増加
CGコード4-2①では取締役へのインセンティブ報酬の導入が求められており、株式報酬制度の導入は増加している。直近では全上場会社のうち2142社(前年比193社増)、53.2%となり半数を超えている。株式報酬制度のうち現物株式の増加割合が大きく1487社で株式交付託は664社となっている(’23年5月現在、三井住友信託銀行調査)。
4)改正開示府によるサステナビリティや人的資本等の記載項目の拡充
①サステナビリティについてこここでは、TCFDのフレームワーク4つ(ガバナンス、リスク管理、戦略、指標及び目標)に基づく開示が求められている。このうち「ガバナンス」、「リスク管理」については、ほとんどの有価証券報告書提出会社が開示をしている。他方、「戦略」、「指標及び目標」については各企業が重要と判断した事項の開示が求められている。
’23年6月末で日経500構成銘柄のうち5月末まで有報提出済み企業385社(以下対象会社という)では、任意記載で190社(48.1%)が「サステナビリティ基本方針」を開示、185社(48.1%)が特定してマテリアリィティの開示をしている。その他の任意事項としては、人権尊重、サイバーセキュリティ、データセキュリティ事項の開示もあった。
②改正開示府令では必須記載事項とはされていない気候変動関連情報
必須ではないが重要と判断する場合にはTCFDのフレームワークに基づく開下が求められている。対象会社385社うち219社(56.9%)が4つの構成要素全てについて開示しており、多くの企業が重要と判断している。
また、GIG排出量の実績開示228社、268社が削減目標を開示、うちスコープ3(外注先などが含まれる)についても132社が目標までを開示している。CGコード補充原則3-1③では気候変動に関するリスク及び収益機会が自社の事業活動に与える影響について、TCFDまたはそれと同等の枠組に基づく開示が要請されているが、プライム市場全体のこの補充原則~のコンプライ率は62.6%であり、比較的多くの企業で対応されていることが理解できる。
③人的資本関連情報について
改正開示府令では女性活躍促進法、また育児・介護休業法に基づく女性管理職比率、男性育児休暇取得率、男女賃金格差の公表を行う企業に対して、「従業員の状況」欄においてこれらの事項の記載が求められている。記載については連結ベースでの開示が勧められているが、対象会社のうち39社(10.1%)が連結ベースでの開示を行った模様である。
その他任意で追加情報として、男女賃金格差の背景事情の説明や同賃金格差を年代別、役職階層別に開示する会社もあった。更に、人材育成方針と社内環境整備方針については「戦略」が、測定可能な指標・目標及び進捗状況については、「指標及び目標」が全企業に開示が求められている。
5)「資本コストや株価を意識した経営の実現へ向けた対応」と題する東証の要請がプライム、スタンダード市場上場会社に対して公表された(23年3月31日)一これは、多くの上場会社でROE8%未満、PBR1倍割れであることから
①資本コストや株価を意識した経営の実現を要請したものである。内容は、上場企業の「現状評価」、「方針・目標」、「取組みと実施時期」について開示要請が行われたものである。また、同日付けで
②「株主との対話の推進と開示について」も公表され、プライム市場上場会社に対しては、株主との対話の主なテーマや株主の関心事項などに加え、株主との対話の実施状況等についても充実した開示が併せて要請された。更に’23年4月には
③資本コストに関する要請を踏まえた開示について「CG報告書の記載要領」が更新され、記載例も追加された。内容としては、
- ①現状の資本コスト(WACC)の推計値とともにROIC(投下資本利益率)、ROE(自己資本利益率)等も記載、
- ②ROE向上へ向けた財務戦略についてROEを細かい要素に分解し、算式はROE=利益/売上✕売上/総資産✕総資産/株主資本であり、前半のROIC向上には、事業ポートフォリオの改善、低収益資産の圧縮、後半のレバレッジの活用については、資本構成の改善などが例示されている。企業価値創造に向け、ROIC向上とレバレッジ活用を説明することが提示されている。
- ③PBR (株価純資産倍率)の向上施策をROEとPER (株価収益率、株価が一株当たり純利益の何倍か)に分解し、それぞれについて戦略を記載する。
PBR=ROE×PERであり、これは、PBR=当期純利益/自己資本✕株価/1株当たり純利益(1/資本コストー期待永久成長率)として分解すると、前半のRO向上のためには、当期純利益の向上などの戦略が必要で、後半の算式からは「資本コスト」の低下戦略として、自社の資本コストを確認し、事業部ごとに社員が資本コストを意識することが重要であり、事業ポートフォリオの中に落とし込み、事業ごとの投下資本効率を改善することが必要である。
「期待永久成長率」の向上については、年度毎に一定割合で成長していくことを想定し、インフレ相当率、GDP成長率、企業の過去の成長率などが一般には使用されるが、基本的には自社独自の差別化されたビジネス戦略の実践などにより各事業部が期待成長率を超えるよう意識することが重要である。つまり、東証の要請はこのような指標改善の具体的な戦略と実施
スケジュールなどを投資家にも分かりやすく開示することを要請しているのである。