本記事はBDO三優ジャーナル 2023. Aug. No.154に寄稿させていただきました内容です。
「最近の日本経済の動向と企業の本年度株主総会の留意事項」
三優監査法人 名誉会長 杉田 純
内閣府は6月8日に2023年1~3月期の国内総生産(GDP) 改定値を発表した。実質で前期比0.7%増、年率換算で2.7%増であり、3四半期ぶりのプラス成長となった。前期比で内需がプラス1.0ポイント、外需がマイナス0.3ポイントの寄与であった。GDPの過半を占める個人消費は、経済の正常化により堅調で前期比0.5%増となり、外食、宿泊、交通などサービス関連が伸びの牽引役となった。
半導体の供給制約の緩和から、自動車などの耐久財は伸び幅が拡大、非耐久財は物価高の影響で食品はマイナス寄与であったが、電気の使用量が伸び、全体としてプラスに転じている。設備投資は1.4%増と2四半期ぶりの増加で、企業の社用車、トラックなど自動車投資が伸びた。住宅投資は0.1%減で、こちらは3四半期連続のマイナス成長であった。公共投資は昨年12月の22年度第2次補正予算の執行もあり1.5%増(前期0.2%)で、4四半期連続のプラス成長となり伸び幅も拡大した。
輸出は4.2%減で6四半期ぶりのマイナスであり、計算上輸出に分類される訪日客が入国規制の緩和から伸びたが、半導体市況の低迷から半導体製造装置の輸出が減り、自動車、建設機械も減少した。輸入は中国のコロナ感染拡大による経済活動の停滞などで、2.3%減となり輸出から輸入を差し引いた外需はマイナス寄与であった。他方、国内の絵合的な物価動向を示すGDPデフレーターは前年同期比2.0%上昇し2四半期連続のプラスで、食品・生活用品の価格転嫁が進んでいる。
他方、雇用者報酬は名目で前年同期比1.2%増だが、実質は2.3%減で物価上昇に賃金が追いついていない状況である。民間のエコノミストの4〜6月期の予想(日経新聞調査)では年率換算の成長率は1.9%で、少し拡大を予想しているが、23年度全体では、1.1%増と 22年度実績(1.2%増)より縮小するとしている。
これは、燃料、食料価格高騰、労働力不足による物価高騰で個人消費が1.5%増(前年2.4%増)と鈍化しそうなこと、輸出の予測平均も0.2%減(前年4.4%増)と大幅滅を予想しており、結局、インバウンド消費の拡大はあるものの、欧米で金利引き上げが続いて景気が冷え込み、中国のコロナ禍拡大などから外需が一段と落ち込むシナリオも見込まれるからである。いずれにせよ、外需の落ち込みをカバーする内需の拡大が期待されている状況である。
他方、国際経済については、国際通貨基金(INF)は、23年4月11日に23年度の世界経済の成長を2.8%と0.1ポイント引き下げ、米国1.4%(昨年10月予想1.0%)、日本1.7%(1.5%)、中国5.2%(4.4%)、BU1.8% (1.6%)と予想している。
IMFは、別のシナリオで金融不安から信用収縮、株安、消費者心理の変化、途上国貸務問題の再燃などから成長率が2.0%割れの1.8%となる可能性も指摘。1970年から2%を下回る成長率は5回しかない、という警告的な示唆もしている。
ここで、上場企業各社の状況についても見てみると、5月19日までに決算発表した1154社の上場企業の’23年3月期の合計売上高は16%増で、合計純利益も前期比1%増と、2期連続で最高益となった。業種別には36業種中20業種が増益または黒字となり、うち14業種を非製造業が占め、合計純利益も11%増であった(日経新聞調査)。
一方で、製造業の失速により上場企業全体の増益・黒字企業数は55%(前期73%)と大幅に減少した。更に見ていくと資源高を追い風に商社が純利益を19%増とし、三井物産、三菱商事など大手4社は最高益を計上した。
製造業では、全体の純利益が約8%減で、増益または黒字となったのは医薬品、機械、電気機器、自動車・部品など17業種中6業種にとどまる。化学は世界景気減速から15%の減益。パルプ・紙は原燃料価格高騰で93%減、食品も16%減で共に値上げによるコスト吸収が出来なかった。非製造業では、空運の大手ANA、JALなどが揃って3期ぶりに黒字転換した。鉄道・バスもホテル事業の持ち直しなどから黒字転換している。
小売業も全体で4%増であったが、三越伊勢丹は純利益が2.6倍に増加した。以上が現況であるが、24年3月期へ向けては、上場企業各社は賃上げによる人件費増もあり、製造業では海外の景気低迷、半導体市場の低迷による需要減少、為替問題もあり、強気の増益予想する業種は多くない。
他方、非製造業は観光サービスなどでインバウンド需要増などへの期待もあり、小売業では”24年2月期で純利益の増益予想企業の割合が75%(前期46%)とコロナ前(19年2月期)への回復期待を膨らませている。
ここで日本経済の状況を踏まえて、本年度株主総会の開催に当たっての企業側の留意事項について以下に記述することにする。
まず、21年6月にCCコードの改訂が行われ、主として取締役会の機能強化とサステナビリティ経営の実践が要請された。
これは、現在、わが国上場企業の株価純資産倍率(PBR) が1倍以下の企業が日本の代表的企業 (TOPIX500)の内で約4割もあることから、上場企業への資本市場からの評価は厳しく、株価指数に表される上場企業の「企業価値」は欧米や新興国と比較しても「一人負け」している状況である。
つまり、上場企業に稼ぐ力の復活による「企業価値向上」を要請しているのである。このような状況の中での、本年度の株主総会の開催となる訳である。そこで、第一に法令改正等の状況を確認する。
1 )「令和元年の会社法改正」により本年3月以降の株主総会から「株主総会資料の電子提供制度」の適用が始まる。この制度では、株主へ送付する通知書面には株主総会資料が掲載されているURL等のみが記載される。書面での交付を希望する株主は、別途交付請求の手続さが必要である。本年度は適用初年度ということもあり、株主への周知徹底の不足もあることから、本年は従前同様の総会資料も送付し、来年からペーパレス化を行う旨を通知する企業もあるようである。
2 ) 23年1月31日に「企業内容等の開示に関する内閣府令の改正」があり、3月31日以降に事業年度末日を迎える企業の有価証券報告書から
①「サステナビリティに関する考え方及び取組」についての記載欄が新設
- 「ガバナンス」、「リスク管理」、「戦路」、「指標及び目標」の4つの構成要素に基づく開示を行うこととされた。前2項目は必須、後者2項目は重要性に応じての開示要請となっている。
- なお、人材の多様性確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等も記載が求められている。
- 提出会社やその連結子会社において女性活躍推進法等に基づき「女性管理者比率」、「男性育児休業取得率」及び「男女賃金格差』を公表する場合にはこれらの記載も求められている。
②コーポレートガバナンスに関して新たに以下の記載が求められる
- 取締役会、指名委員会・報酬委員会等の活動状況(開催頻度、具体的な検討内容、個々の取締役又は委員の出席状況等)
- 監査の信頼性確保に関する開示として、内部監査の実効性を確保するための取組
- 政策保有株式に関して、発行会社との業務提携等の概要。
3 ) ’23年1月30日に「東証フォローアップ会議の論点整理」が公表された。
①「経過措置の終了時期の明確化」
22年4月に東証のプライム・スタンダード・グロースの新市場区分が開始され、各市場の基準が設定された。東証のフォローアップ会議では、「上場会社の企業価値向上への取組」についてと「経過措置としての緩和した上場維持基準』の適用の終了時期についても論議を行い、当該経過措置を’25年3月以後に到来する基準日から本来の上場維持基準を適用することを明確化した。
基準に抵触し、1年以内に改善しない場合には、原則、監理銘柄、整理銘柄に指定される。ただし、施行日の前目において26年8月以降最初に到来する基準日を超える期限の計画を開示している会社は、計画期限における適合状況の確認まで監理整理銘柄が継続されるとしている。
②「中長期的な企業価値向上に向けた取組の動機付けに関する施策」
- 経営陣や取締役会において自社の「資本コスト等』について議論し、必要に応じて改善に向けた方針等の開示を要求すること(プライム・スタンダード市場対象)
- コーポレートガバナンス・コードに関して、コンプライ・オア・エクスプレインの趣旨を周知し、好事例や不十分な事例等を明示すこと(プライム・スタンダード市場対象)
- 英文開示を拡充し、経過措置の終了に合わせて必要な情報の英文開示を義務化すること(プライム市場対象だがスタンダード、グロース市場においても任意の英文開示を促進)
- 投資家との対話の実効性向上のため、経営陣と投資家の対話の実施状況やその内容についてコーポレートガバナンス報告書への記載を要請する(プライム市場対象)
第二に、機関投資家を中心としたコーポレートガバナンス、サステナビリティ経営へのステークホルダーとしての株主総会への関心事について述べることとする。以下の項目について、要請や基準を満たさない場合には、監査役設置会社、または監査等委員会設置会社では取締役会議長、指名委員会等設置会社では指名委員会委員長に対して反対助言が行われる。
①「気候関連問題に関する取締役会の説明責任」
一温室効果ガスの排出量が多い企業に対して、取締役会の気候アカウンタビリティの順守を要求する機関投資家もある。最低限の対策としてはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みに基づき気候変動リスク情報が適切に開示され、スコープ1およびスコープ2の大部分における温室効果ガス中期削減目標、50年までのネットゼロ目標が開示されていること。
②「取締役会の独立性」
一支配株主を有しないプライム市場上場会社には3分の1以上の独立役員を求める。支配株主がいるプライム上場会社では原則として過半数の独立役員が必要である。
③ジェンダー・ダイバーシティ課題ープライム市場上場企業には、取締役会の内最低でも10%以上の多様な性別(実質的には女性取締役)が必要である。プライム市場以外の上場会社には、多様な性別の役員 (取締役・監査役・指名委員会等設置会社における執行役)を、最低1名以上求める。既に公表されたが、25年までには全プライム上場企業に最低1名以上の女性取締役の選任が義務付けられる予定である。
④過度な政策保有株式一例えば、政策保有株式の保有比率が対連結純資産の10%以上20%未満では、当該企業の過去5年間の平均自己資本利益率(ROE)の平均値が5%以上なければ、役員選任の反対助言を行う。
⑤社外取締役の在任年数一社外取締役の独立性への懸念を生じないため、在任年数を12年未満と定める企業が多かったが、最近は10年とする例も出てきている。
⑥サステナビリティに関する開示基準一既に述べたように内閣府令改正でサステナビリティに関する企業の取組及びコーポレートガバナンスに関しては新たに記載が求められることが法制化されているが、国際的には、21年11月には国際サステナビリティ基準審議会が設立され、国内でも’22年7月サステナビリティ基準委員会(SSBJ) が設立された状況にある。
第三に、その他株主総会運営関連でのいくつかの留意事項も付言することにする。
1 )「株主総会でのコロナ対応とDXの活用」について、近時の株主総会(12月、1月総会)では、対前年比で、平均所要時間、平均出席株主数、発言があった会社の比率、お土産あり会社数、総会後の会合あり会社数などほとんどの項目で増加傾向にある。そこで、
①当然、昨年より株主席の増加、結果的に密の状態が発生するなら、マスク着用もお願いするか否か
②お土産、イベント、総会後の会合などを行なうか否かも、検討事項となろう。なお、合理的な理由がない来場株主の入場制限は総会決議取消事由になるので注意が必要である。
2 ) 株主総会の運営プロセスのDX化ーコロナ感染拡大防止の観点から、従来は来場制限、質問の制限が行なわれてきたが、今後は株主との対話促進を重視しWeb活用も含め株主満足度を高める工夫が必要となろう。
また、20年以降の総会では会社説明の合理化で、総会のビジュアル化映像の活用などが既に行われているが、改めて、バーチャル総会や事前質間の受付、デジタル技術活用による株主との建設的な対話の進展も期待される。バーチャル総会は従来出席できなかった株主の満足度を高められる。
基本的には、事前質問、動画配信などにより株主総会を1日だけのリアルな出席株主との対話の場と位置づけず、事前に株主の関心の高いテーマを把握し、想定間答も準備もスムーズに行い、中長期的には、企業価値向上への株主との協創の場とする工夫が必要である。
以上、本年度株主総会準備においては、ガバナンス強化、サステナビリティ強化、企業価値拡大の要請が背景にあることを念頭において、多面的な角度からの検証が必要とされる。