本記事はBDO三優ジャーナル 2023. Jun. No.153に寄稿させていただきました内容です。
最近の日本経済の動向と日本企業の新たな経営課題
ー 改訂ガバナンスコード対応とサステナビリティ経営を進める企業の取締役会の機能強化の方向性 ー
三優監査法人 名誉会長 杉田 純
2023年3月9日に内閣府は’22年10〜12月期の国内総生産(GDP)の改訂値を前期比年率0.1%増(速報値0.6%増)と公表し、コロナ役からの経済正常化の途上で物価高による消費回復の遅れと世界経済の減速懸念が日本企業の投資マインドを低下させたことで実質はゼロ成長であった。
個人消費は前年後半の消費者物価上昇率が3%後半から4%台になり、生活必需品の値上がりが消費者心理を冷え込ませ、全国旅行支援があっても、宿泊、外食サービス、自動車などの耐久財も下振れし、前期比0.3%増であった。
設備投資は 21年9月までデジタル化需要で高水準であったが、3四半期ぶりに前期比0.5%減となり、公共投資も0.3%減となった。尚、輸出は1.5%増、輸入は0.4%減であったが、輸出は既に22年10月をピークに減り始めており、今後も弱合みと予想され、とりわけ米国、中国向けの減少が大きい。
成長率への寄与度は外需が0.4ポイント、内需がー0.3ポイントであった。内需のマイナス寄与は5四半期ぶりである。”23年1~3月期についても景気は当面停滞感が強く、内需はインバウンド(訪日外国人)の需要回復は見込まれるが、輸出の下振れ懸念は強く、総じてGDP成長率ゼロ%台を予想するエコノミストは多い。本年1月の鉱工業生産指数は3ヶ月ぶりのマイナスで、これは米欧の相次ぐ利上げにより世界的に需要が減少し、好調だった半導体関連まで弱含みとなっているためである。
今後も米国のインフレ抑制が進まず、利上げの加速も予想される中、突然数行の米銀の倒産が起きており、米経済が軟着しないと、日本経済へもダメージが大きいと予想されている。このため、今後の春季の労使交渉などによる大きな賃上げなどが行われないと、外需が縮小傾向なので内需で日本経済を支えることも厳しいものと予想されている。
他方、世界経済については、23年3月17日に経済協力開発機構(OBCD)は’23年の世界の実質経済成長率を2.6%と中国の経済再開などを織り込み、前回(22年11月)の予測より0.4ポイント引き上げたが、ウクライナ危機の長期化などで下振れ懸念があるという見方を示した。また、米国は1.5%(前回比+1.0)、ユーロ圏0.8%(前回比+0.3) ゼロコロナ解除の中国は5.3%(前回比+0.7)、日本は1.4%(前回比-0.4) とし”23年中はマイナス成長、ゼロ成長が続くと予想されている。
OECDは、米欧の回復は弱含みと見ており、労働市場の逼迫でインフレが高止まりし、620の20カ国の物価上昇率は5.9%(前回比一0.1) となり、多くの地域で更なる利上げが必要と見ている。そのため、今後増加するりスク要因として、各国の利上げから金融機関が保有する国債など債券の含み損が増大し、米銀、クレディ・スイスなど大手金融機関の彼綻や信用不安が拡大しそうなことを挙げている。
ここで、日本企業の業状況についても見てみると、22年4〜12月期について’23年2月14日までに決算発表した企業1158社の純利益の合計は29兆6971億円(前年同期比7%減)で2年ぶりの減益であった(日本経済新聞調査)。全36業種中19業種で減益または赤字となり、純利益は前年同期比で製造業が5.7%減、非製造業は7.3%減であった。製造業では、食品が20.5%減、繊維32.6%減、非鉄金属21.4%減、自動車・部品は7.7%減であったが、原材料高の影響が大きい素材業種の悪化が顕著。医薬品3.8%増、円安恩恵で機械23.1%増、精密機器10.9%増であった。非製造業では、電力が1兆3000億円を超える赤字、通信61.8%減、サービス4.0%滅、小売6.2%増、商社20.6%増、建設1.2%増であった。また、5社に1社が通期見通しを下方修正した。いずれにせよ、コロナ後の回復の牽引役が期待される非製造業でも小売業の伸びも大きくなく、宿泊・飲食サービスも低迷していた。
これは歴史的な物価上昇に賃金の伸びが追い付いていないことが主因である。本年の春季労使交渉の第2回集計で賃上げ率は平均3.76%で30年ぶりの高さになったものの、1月段階での物価変動を考慮した実質一人当たり賃金は前年同月比4.1%減であった。
次に、今後の企業の大きな経営課題としてCGコード対応やサステナ経営の実践が求められる「取締役会の機能強化」について、以下延べることにする。実は、21年6月の改CCコードでサステナビリティを、ESG要素を含む中長期的な持続可能性と定義し、これに積極的に取組むことがリスクの減少と収益機会としても重要であるという認識で、その取組みを取締役会が実効的に監督することが必要であると指摘された(東証’22年8月3日、CGコードへの対応状況より)。
そこで、企業のサステナブルな成長の実現のため、改訂CGコードでは、取締役会の監督強化と透明性の確保から機能の強化・発揮を目指した改訂が複数行われている。
内容としては、
1)「多様性の確保」 一取締役会が環境変化に対応できる多様な視点を持つために、職歴、年齢も含めた取締役会の多様性を確保(補充原則4-11)し、これを示すためにスキルマトリックス等を開示すること(補充原則4-11①)。
2)「社外取締役の機能発揮」一経営陣の果断なりスクテイクを後押しするために取締役会の監督機能を強化し、国際的な水準へ引き上げるため、プライム上場企業では、独立社外取締役の割合を3分の1以上確保すること(原則4-8)。
3)「指名・報酬委員会の機能向上」一経営陣の評価とそれに基づく指名・再任や報酬決定の独立性の確保と委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等を開示するこら(補充原則4-100)等が求められている。以上のように改計CCコードが想定する持続的成長を目指す企業にとって、取締役会の機能強化は重要な課題となっている。
一方、経済産業省COSガイドライン研究会は、「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(以下「cCSガイドライン」とする)」を’22年7月に公表した。これは目本企業全体としての「稼ぐ力」が低迷しており、研発開発や人的資本などの無形資産への投資も合め、中長期的な成長を実現するための投資は必ずしも増加していないことに一因がある。資本市場からの評価は厳しく、株価指数に表される日本企業の『企業価値」は欧米や新興国と比較して「一人負け」している状況であり、日本の代表的企業(TOPTX500)の約4割で、PBRが1倍を下回っているとされる。
その背景には、
1)「人口減少や産業構造変化の遅れなど根深い問題」一
更に、日本企業はカーボンニュートラル社会への移行、社会の急速なデジタル化、地政学的な変動、ダイバーシティ&インクルージョンといった大きな環境変化に直面している。
2)「経営者の起業家精神の発揮」一前記の経済社会課題に対し、官民で長期的なビジョンを共有し、必要な取組を進めることが望まれる。そのためには、経営者のアントレプレ
ナーシップ(企業家精神)やアニマルスピリットが健全な形で発揮され、より良い経営戦路を立案し、スピードを持ってリスクテイクできる環境を実現することが必要。
3)「企業価値の向上意識」一企業経営では会社の存続を第一義とするのではなく、企業価値の向上を強く意識したものであることが、これまで以上に望まれる。
4)「価値向上投資の拡大とリスクテイクの活性化」ーこれまでのコーポレートガバナンス改革は中長期的な企業価値向上に資する投資の拡大や、リスクテイクの活性化にまでは現状では寄与していないという評価もある。
他方、本「CCSガイドライン」では、「ガバナンス改革を通じた中長期的事業価値の向上と執行側の機能の強化」が方向性として重要であるとしている。そこでは、「攻めのガバナンス」の例示として、以下の項目が挙げられている。
1)「優れた社長・CEOを選ぶこと」 一経営陣自体の強化を図ることで、中長期的な企業価値の向上を図る。
2)「経営の意思決定過程の合理性を確保」一経営陣による大胆な経営判断を後押しすることで、中長期的な企業価値の向上を図る。
3)「取締役会が経営陣の作成した経営判断の軸となる戦路を検討し、適切な資源配分を実現すること」一で、中長期的な企業価値の向上を図る。
4)「市場からの評価や投資家との対話』ーを通じて経営を改善することで、中長期的な企業価値の向上を図る、とされている。
5)「社外取締役の意識を変え、資質の向上を図る」一増大する社外取締役の資質の向上は需要である。
6)「執行側と監督側双方の機能強化が重要」一ガバナンスの仕組みの中で、取締役会(監督側)だけでなく執行側と相互に影響を与えながらCGSの改善を通じて双方の機能強化を進める意識が重要である。
「CCSガイドライン」では改めて「取締役会の監督機能強化」を、増大する社外取締役の現状を踏まえ第一に「監督」の意義を整理している。
その内容は、
1)「社外取締役の多い取締役会で期待される「監督」とは、経営陣が策定し、取締役会が決定した経営の基本方針や戦路の是非やパフォーマンスの評価を行うことが中核となる」ーこれは、社外取締役が多い場合、具体的な業務執行決定の範囲が限定的となるからである。
2)「取締役会による「監督」は単に執行にブレーキをかけたりするだけでなく、リスクテイクや経営改革の後押し、リスクテイクしないことのリスク(不作為のリスク)を提起することである」一従来、執行のブレーキ役、不祥事を発見することが監督とする風潮があったが、攻めのガバナンスの意識も必要である。
3)「取締役会は資本市場からどう見られているか、自社の企業価値の評価を意識しなくてはならない」一社外取締役は監督に当たっては株主等のステークホルダーの利益に資するかどうかの視点を持つことが重要である。
4)「相当数の社外取締役がいる場合、取締役会での論議ではステークホルダーへ説明でさるものかの確認、自らの専門性・経験に根ざした助言を行うことが重要」一更に株主から経営に関する提案があった場合、経営陣に真剣に検討するよう説得力を持って主張すること、また、そうでない場合には説得力を持って経営陣が対応することを指示するなどの目的意識を持つことが必要である。必要であれば、社外取締役が株主と直接対話する。
5)「経営の基本方針・戦路などの策定や執行の成果の監督については、経営陣に質問し、株主等のステークホルダーに説明できるものか確認すること」 一専門性や経験に根ざした助言も必要であり、実効的な議論が必要である。
第二に、「CGSガイドライン」では、取締役会について社外取締役の増加による「モニタリング機能(監督)重視型ガバナンス体制」と経営のスピードを上げ、経営陣がリスクテイクをしやすくする「取締役会の意思決定重視型ガバナンス体制」の2類型を提案している。いずれのモデルにせよ、取締役会が経営の基本方針を定めること、監督機能を強化することにより、経営陣による適切なリスクテイク、社内の経営改革を後押しすることにより、企業価値の向上につながることが期待されている。
「モニタリング重視型」の利点として、
1)経営陣の暴走を防ぎ、権限委譲を通じて広範囲の裁量を執行側に与え、経営者の権限と責任を明確化する。
2)監督がパフォーマンス評価中心に選解任や報酬が決定されるので、経営者のリスクテイクは促進される。
3) 売上重視から利益率向上、資源の効率分配を重視する経営に移行する際に外部者による評価が効果。「意思決定機能重視型」では、個別の業務執行の決定に取締役会が関与するため、経営のスピードを損なわないための、運営上の工夫が必要。いずれにせよ、個々の企業の経営課題が多様であるので、いずれのガバナンス体制をとるかについては、会社が自主的に選択し、その理由についてステークホルダーに説明できるようにする必要がある。
次に「CCSガイドライン」では社外取締役の資質・評価の在り方についてレポートしているので、ここで要約しておくことにする。
1)「社外取締役の資質」一社長・CEOの選解任に責任をもって関与し、必要によってリードできる人物が含まれていること。社内にはない幅広い視点や洞察を持ち込み議論に付加価値を付けられること、そのため、情報を能動的に取りに行き、研修等の自己研鑽の努力も可能な人物
2)「指名委員会・報酬委員会の構成と委員長」一構成員の過半数と委員長は社外取締役とすること。
3)「社外取締役の評価」一評価は社外取締役である議長、指名委員長、筆頭社外取締役が主導、本人の自己評価や相互評価等で行う。第三者機関の活用も望ましい。情報の詳細の公表は望ましくない。事実とプロセスは公表可。
4)「ボードサクセッション(継続的な活動)」一次期候補者の氏名・決定も含めサクセッションの検討を意義あるものにするには、議長、指名委員長、社長・CEO、事務局などの信頼関係の構築が必要。
「CCSガイドライン」では、取締役会のみならず、経営陣のリーダーシップ強化についても言及されているが、本号では取り上げていない。経営・執行の機能の強化のためには、双方の在り方の検討が必要であろう。