本記事はBDO三優ジャーナル 2023. Apr. No.152に寄稿させていただきました内容です。
最近の日本経済の動向と日本企業の新たな経営課題
ー 新たなサステナビリティ情報開示への対応 ー
三優監査法人 名誉会長 杉田 純
日本経済の現況は、本年1月31日公表の2022年10月~12月期の経済指標を基にした民間エコノミストの予測平均値で実質国内総生産(GDP) は前期比年率2.3%増で2四半期ぶりにプラス成長となりそうである(日本経済新聞調査)。10人のエコノミストの回答では、1.0%増〜4.1%増と幅があった模様である。個人消費は前期比0.5%増となり旅行・交通・宿泊などのサービスが回復しており、経済の通常化が進みつつある。設備投資は0.2%増(前期1.5%増)で鈍化している。
これは海外景気の悪化で企業の様子見姿勢が強まり、人手不足で建設関連も伸び悩んだことが影響している。輸出は1.5%増と輸入が減少したことで外需寄与度はプラス0.4ポイントと成長率全体を押し上げていると予想されている。
米国の”22年10月~12月期では、2.9%のプラス成長で、中国はゼロコロナ政策が尾を引きゼロ成長となり、ユーロ圏も低迷した模様で地域により相当明暗が分かれた模様でもある。今後の日本経済については、海外経済の減速から輸出の減少が予想され、堅調に推移する内需と対照的な動きも予想されている。なお、国内的には、過去経験のないほどの物価上昇があり、企業物価指数は22年12月に10.2%上昇(前年同月比、日銀発表)しており、9か月連続で過去最高となっている。
これは、輸入物価が円ベースで22.8%上昇していることにも起因しており、品目別には、電力・都市ガス・水道が52.8%上昇、これらの上昇は天然ガス、石油などの輸入価格の反映に時差があるため、実は今後更なる上昇が見込まれている。515の全品目中鉄鋼(20.9%)、飲食料品(7.7%)、農林水産物(6.9%)などの値上がり状況であるが、今後も厳しい状況が続きそうである。他方、人手不足が日本経済回復の足を更に引っ張る気配もある。
総務省によると”22年の平均就業者数は6723万人でコロナ前の”19年比で未だ27万人少ない状態で、回復期待の宿泊・飲食サービスの就業者数はコロナ前より40万人少ない381万人に留まっている。労働力不足の要因は人口減、とりわけ15歳以上人口は19年比で74万人も減少している。更に高齢化に拍車がかかっており、コロナ禍は高齢者の再就職意欲を減退させている事実もある。日本企業はこのような大きな課題に直面しているのである。
他方、世界経済について、”23年1月30日に国際通貨基金(IMF)は23年度世界経済の成長予測を2.9%(22年10月2.7%)と0.2ポイント引き上げた。今回の経済見通しでは、戦争の激化や中国の需要回復によるインフレ圧力による下振れ懸念は大きいものの、世界規模での物価高の鈍化、中国経済の正常化を理由として、「インフレ率が低下する転換点」になるとIIは予想している。
丁度1年前の”22年1月には23年の成長見通しを3.8%としていたものの、、その後相次いで下方修正していたが、今回はウクライナ危機下での初の上方修正であった。個別には米国は1.4%(10月1.0%)、ユーロ圏1.8%(10月1.6%)、日本0.7%(10月0.5%)中国5.2%(10月4.4%)であった。結論としては、IMRは主要国・その他地域が揃って景気後退に陥るような最悪のシナリオは遠のいたと予測している。その上で世界経済の分断の火種が残り、経済基盤の脆弱な新興国の過剰債務問題などは相変わらずりスク要因であるとしている。
以上の状況の中で、日本企業には以下の対応すべき課題がある。
1) 諸物価の上昇・コストアップへの対応一原材料費、光熱費などのエネルギーコスト、その他の諸費用のコストアップによる利益圧迫である。更にあらゆる産業分野における人手不足による人件費上昇もあり、企業は真剣にこの課題に取組まなくてはならない。
現在、多くの企業では、これらのコストアップに対して、
①生産性を向上させるため、社内業務の全面的な見直しにより業務効率を高める。例えば、メーカーでは更なる生産リードタイムの短縮のための一個流し生産の検討、手待ち時間の短縮、工場内の運搬時間の短縮、製造工程人員の効率的配置へのIT技術の活用などを進め始めている。また、工場内の工員の配置、動きなどのコントロールにメタバースのようなITの最新技術の活用も始まっている。
②他方、コロナ禍で進んだテレワークやWeb会議の活用は多くの企業で社員の通勤時間などの短縮に効果はあったものの、多くの企業では、生産性は低下したと考えられている。そのため、大企業では、既にテレワークの一部見直しや「1on1ミーティング」の実施による上司・部下とのコミュニケーション向上による生産性向上を図っている。他方、ミーティング活用による生産性向上では社員の業務に係る課題、役割、目標などを明確にする「職務基準書」などをベースとして採用する「ジョブ型人事」制度の採用も検討・実施する企業も増えている。
2)有事、災害時の対応計画(BCP)の見直しとリスクマネジメント委員会の設置一気候変動やそれに伴う各種災害の増加、ウクライナ情勢、世界的なコロナ禍、急激な円安等など企業を取り巻くリスクの多様化が企業経営に大きな影響があることが注目されている。
①OECDのCC委員会は 22年9月に「CC原則改訂の草稿」を公表した。その中で取締役会の機能発揮の補助のため専門委員会の設置を検討すべきとし、監査委員会とは別にリスク管理の問題を取扱うリスクマネジメント委員会の設置が有効との指摘が追加された。他方、日本ではCGコード補充原則4-3④で「内部統制や先を見越した全社的リスク管理体制の整備は適切なコンプライアンスの確保とリスクテイクの裏付けとなり得るものであり、取締役会はグループ全体を含めたこれらの体制を適切に構築し、内部監査部門を活用しつつ、その運用状況を監督すべきである」と規定されているが、リスクマネジメント委員会を設置すべきか否かについての言及はない。既に、SONPOホールディングス、キヤノン、イオンモールではリスク管理委員会が設置されている。
3)グローバリゼーションの見直してウクライナ紛争などにより、石油、天然ガス、小麦等について供給成の不要から輸入価格が急上昇し、かつ輸入量の制約も受け始めている。
①今後は調達先やサプライチェーンとして、従来の効率性、コストの観点ではなくリスク低減を最優先し、紛争や現地事情急変の地政学的リスクを再検討すべきである。
②台湾有事はゼロチャイナという事態を生起しかねないため、家電、衣料品、食品が作れなくなる可能性があり、台湾有事のBCPは早急に個別で立案すべきである。
③調達面では国内回帰ともいえるが、可能であれば、国内での調達先の割合を高めておく必要もある。他方、販売面では、改めて中国はともかく、その他の地政学的リスクの少ない国への輸出拡大・強化、直接進出も必要であり、円安などの為替リスクの管理のためにも、発展途上国を含めた有望市場への進出も必要となるであろう。
4)「非財務情報開示」から「サステナビリティ情報開示」への変化と企業のサステナビリティに関する関心や開示の拡大一既に 21年6月のCGコード改訂以来、「気候変動関連」でカーボンニュートラルが大きな課題となり、昨年来「人的資本関連」の情報開示と働き甲斐のある職場作りが標榜され始め、開示も本年より始まる。次には、「自然関連」情報開示の要請が高まりそうである。これは世界的な人口増と自然破壊から生物多様性の維持、水資源の確保などが重要課題となりつつあるからである。これらの開示課題はSDGsの一環でもあり、今後更に企業には開示のみならず具体的な企業活動にまで大きな影響を与えそうである。
次に、今年から日本企業が取組みを始めなくてはならない新たなサステナビリティ開示として、「人的資本経営関連」、「自然関連」、「人権尊重関連」などの開示が挙げられる。既に多くの企業では「気候変動関連」の情報開示を進めており、この内「人的資本経営関連」の情報の開示については既に前号で述べたので、本号では、本年から改めて企業が対応しなくてはならないテーマとして注目されている「自然関連」のサステナビリティ開示を解説する。
これは、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、2022年2月に公表した報告書(6次)で産業革命以前に比して気温が2度上昇すれば、今世紀末までに干ばつなどによる慢性的な水不足に8~30億人が直面することになり、化石燃料依存が低下せず4度上昇のケースでは、水不足は世界人口約78億人中約40億人に影響すると見込まれると指摘しているからである。
しかも人為的な気候変動が自然や人々に悪影響を広く与えていると指摘されている。また、気温上昇により海面が上昇し、浴岸の海抜の低いところでは、今世紀半ばに10億人以上が洪水リスクに直面するとも断じている。更に、気温の2〜3度の上昇のケースでも洪水害により約1500兆円の資産損失も同時に発生することも指摘している。
また、現状のペースで気温上昇が続けば、’60年には水害にさらされる住民が中国で2.4億人、インドで2.1億人となり、台風の大型化、海面上昇により、高温障害が生起し、海も暖まり漁業に大きな影響が出て、食糧生産の効率も落ち、飢餓に苦しむ人がアフリカ、南アジア、中米を中心に更に増大すると予想している。IPCCは脱炭素戦略で50年までに実質ゼロにしないと気温上昇が1.5度はもとより2.0度も超える可能性があると述べている。
他方、企業側の現時点での環境についてのリスクとしての関心事は「気候変動対策の失敗」、「異常気象」、「生物多様性の損失」が上位3位を占めている(’22年1月、世界経済フォーラム「WEF」)。このうち生物多様性の視点についてはわが国でもキリンID、九州フィナンシャルグループ、リコーグループ(30年までに100万本の植樹)が脱炭素に合わせ生物多様性と水資源の保護へ視点を向けている。水資源については、明治H、米国マイクロソフト社が自社の使用量より多くの水を還元する方針(ウォーターポジティブ)を公表、アサヒグループHでは国内ビール工場の使用水量の100%を自社の水源(アサヒの森)で賄う(ウォーターニュートラル)の実現を目指すとしている。
他方、前記の「生物多様性」や「水資源の枯渇」への対応戦略についてのサステナビリティ情報開示については、「22年3月に自然関連財務情報タスクフォース(Jaskforce on Nature-related Pinancial Disclosure (TNFD))が「TNRD 自然関連リスクと機会管理・情報開示フレームワーク」を公表した。INFDは”19年世界経済フォーラム年次総会で発案され、その後’21年6月に7の環境大臣会合、国連関係組織による準備を経て発足した。
‘21年9月にはフレームワーク検討のタスクフォースの活動のサポートと専門知識を提供する「フォーラム」が設置され、TNFDに続き自然関連の企業のリスク管理と開示のフレームワークの構築を目指すことになっている。前述のようにINPDは、22年3月に初期的な「指針案(フレームワーク案)」を公表した。フレームワークでは、自然を理解するための基礎概念、推奨される開示事項、自然関連のリスクと機会の評価プロセスを主たる内容としている。
今後’23年9月の勧告事項の完成へ向けて、関係者に意見募集と今後4回程度のバージョンアップを計画している。なお、TNHDの推奨する開示事項はTCPDのフレームワークやISSBの設定する基準との整合性も強く意識されており、グローバルな基準としての開発が期待されている。また、本フレームワーク案では、TORDと同様に4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に浴って開示すべき事項を提案している。
自然に関する依存関係と影響についての重要なリスクと機会は企業自身に加えバリューチェーンの上流、下流も対象とされる。内容としては、
1)ガバナンス一自然関連リスクと機会に関する組織のガバナンスを開示。
①取締役会の監視についての説明
②リスクと機会の評価と管理についての経営者の役割の説明
2)戦略ーリスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に与える実際及び潜在的な影響を、重要な場合は開示。
①組織が特定した、短期、中期、長期の自然関連リスクと機会についての説明
②自然関連リスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に与える影響の説明
3) リスク管理一組織がリスクをどのように特定し、評価し、管理しているかを開示
①リスクを特定し、評価するための組織のプロセスの説明
②リスクを管理するための組織のプロセスの説明
4) 指標と目標一関連するリスクと機会の評価と管理に使用される指標と目標を重要であれば開示する。
①組織が戦略とリスクの管理プロセスに浴って、リスクと機会を評価し管理するための指標
②スコープ1、スコープ2及びスコープ3の温室効果ガス排出量と関連するリスク。
以上が概要であるが、TNFDは自然関連の開示が多くの企業にとって相対的に新しい領域であることから、開示範囲を5年以内に段階的に拡大するとしている。また、INFDは、自然への配慮を企業のポートフォリオのリスク管理プロセスに組込むための有用な実時的指針として「LEAPアプローチ」をリスクと機会に関する総合評価プロセスとして策定している。
LEAPとは、L(Locate:自然との接点の発見)、E(Evaluate:依存関係と影響の診断)、A(Access:重要な機会とリスクの評価)、P(Prepare:リスクと機会に対応する準備と投資家への報告)の4つのフェーズをいう。以上のようにこのLEAPアプローチの活用により™NEDの提言に沿った戦略、ガバナンス、資本配分、リスク管理の意思決定、開示が可能としている。以上、サステナビリティの情報開示も新しいテーマが出てきており、企業が開示と行動の両面で対応を迫られている。