本記事はBDO三優ジャーナル2025.Feb.No,164に寄稿させていただきました内容です。
「新年度の日本経済の動向と日本企業の課題」
―資本コストや株価を意識した経営の開示と実践の再点検―
三優監査法人 名誉会長 杉田 純
内閣府が昨年12月9日に公表した 2024年7~9月期の国内総生産(GDP) 改訂値では物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.3%増、年率換算で1.2%増となり、2四半期連続のプラス成長となった。好調な夏の賞与支給額と定額減税の政策効果により個人消費が伸びたことが主因とされている。GDPの半分以上を占める個人消費は前期比0.7%増(前期十0.7%)で2四半期連続のプラス成長であった。
自動車の購入が品質不正の出荷停止が解消して回復し、携帯電話の新商品の増加も寄与したと見られている。他方、猛暑や台風、南海トラフの地震臨時情報などが消費に影響し、旅行や外食、宿泊などは振るわなかったが、コメ不足の報道から’24年7月からコメの買いだめが始まり、売り切れ後はパックご飯の販売が伸び、清涼飲料水の販売増も押上げ要因となった。関東地区で店舗展開する中堅ホームセンターでは8月のコメの売上は前年同月比2.4倍、パックご飯は3倍に増えた模様である。他方、企業業績が比較的好調の中、景気回復の実感が得られにくい状況もあり、その主因として個人消費の停滞があるとされているが、一人当り4万円の定額減税の効果もあり可処分所得の増加は個人消費増に寄与した。しかし、総務省の9月の家計調査では、2人以上の世帯消費支出は28万7, 963円と実質で前年同月比1.1% の減少でマイナスも2カ月連続であった。自動車、交通が11.8%減、住宅設備の修繕が減り住居が3.4%減、上昇したのは被服・履物で17.5%増、光熱・水道も熱中症対策のため8.5%増であり、勤労所帯の実収入は1.6%減と5カ月ぶりにマイナスとなった。実質消費支出は3.9%減と5カ月連続でマイナスという情報もあり、個人消費の力強さが未だ無い状態は確認すべきであろう。
個人消費に次ぐ民需の柱である設備投資は前期比0. 1 %減(前期+0.9%)と2四半期ぶりのマイナスであった。プラント工事関連の支出が減少、半導体製造装置や業務用複写機などが落ち込んだ。日本政策銀行の調査によると大企業(全産業)の’24年度の国内投資は前年比22%増の21兆9,596億円となる見通しであるものの、人手不足で増設工事が遅れる事例が多く、人手不足が投資のマイナス要因となり、現在の日本経済の大きな課題となっている。公共投資は前期比1.1%減(前期十4. 1%)で2四半期ぶりに落ち込んだ。輸出は前期比1.1%増(前期十2.6%)で、金属製品や半導体などの電子部品が増えた。統計上輸出に分類されるインバウンド消費(訪日外国人)は前期比13.3%減と9四半期ぶりのマイナスであった。訪日客数は頭打ちになりつつあると想定されている。輸入は前期比1.8%増(前期+2.9)で、医薬品、携帯電話の輸入が増えた。
さて、以上の昨年の経済動向も勘案し、新年度の日本経済のリスク動向について予想をして見ると、
▶第一に、昨年末までは、物価上昇率を上回る安定的な賃金上げは実現しておらず、消費者の節約志向が強いままであること。加えて、円安基調により輸入物価の上昇は継続し、家計の実質賃金や中小企業収益の減少は下押し要因となっており、個人の消費動向は低いままにある。
▶第二に、米国の次期大統領にトランプ氏が再選されたことである。その中で、特に関税を対中国で60%引上げ、周辺諸国へも 20%程度の関税を賦課するという方針を打ち出しており、日本企業にとっては米中向けの輸出の減少が予想されている。しかもこの関税政策は①中国経済の下押し、②米国内での日本製品の価格競争力の低下、③米国内のインフレによる米国経済の下振れ、④米中向けの電気、輸送機械などの資本財の輸出の減少が想定される。
▶第三に、世界経済もトランプ氏の政策の予見可能性が低く、設備投資に慎重になるため、日本企業の資本財輸出に大きな影響が出ると想定されている。
▶第四に、トランプ氏の政策は関税引上げなど米国のインフレを助長する政策が多いことから、日米金利格差拡大により円安圧力は更に強まる可能性が大きく、想定以上の円安が進めば、輸入インフレ圧力が強まり、家計の実質賃金を下押し日本の個人消費マインドは高まらない可能性が出てくる。以上、新年度の日本経済のリスクを中心に述べてきたが、アナリストの中には、’25年度の日本経済は、内需主導で穏やかな回復が続くという予想もある。人手不足もあり、労働者確保のため多くの企業で賃上げの動きを強めており、賃金の高い伸びが続けば、実質賃金前年比プラスとなると予想されるとしている。また、比較的好調な企業収益を支えに、企業の設備投資は増加基調で、脱炭素やDX、省力化などに対する投資に意欲的な企業も多く、加えて、紛争などから地政学的リスクを背景とした生産拠点の国内回帰の設備投資も寄与しそうである。以上トランプ氏の政策リスクはあるものの、日本経済は内需主導(個人消費、設備投資)で穏やかな回復が続くという予想である。他方多くのエコノミストの予想の平均値では、’24年10~12月期のGDP成長率は1.4%増、’24年の通期では0.3%増、’25 年度は1.1%増と予想している。
ここで、世界経済の動向と新年度の予想についても見てみることとする。国際通貨基金(IMF)は’24年10月22日に四半期に一度の世界経済の見通しを公表した。’24年度は3. 2%成長とし、 ’25年度も同じ3.2%成長(前回3.3%成長)と前回見通しから0.1ポイント下方修正した。世界全体の景気の軟着陸という基本シナリオは維持しつつ、米欧と中国の間で関税引き上げが応酬する事態となれば、世界経済は失速しかねないと指摘している。主要国では米国について、個人消費の強さから成長率を2.8%成長 (前回2.6%)と0.2ポイント上方修正した。「米国1強」が続く状況も指摘した。他方、ユーロ圏は0.8%成長(前回0.9%)と0. 1ポイント下方修正した。中国も4.8%成長(前回5.0%)と0.2ポイント下方修正され、インドは7.0%成長、日本は0.3%成長(前回0.7%)と0.4ポイント下方修正された。
今回のIMF報告書の特徴は世界経済の軟着陸を示しつつも、先行きの不透明感が強まっている点を明確に指摘している。その内容は、中東情勢の緊張、中国の成長鈍化に加え世界人口の半数に当たる64か国で選挙が実施される上、米国の新大統領の政策も関税引上げを掲げるような「例外的な政策の不確実性」を指摘した。IMFは’18年~’19年の追加関税の応酬となった貿易戦争を想定し、米中欧等で関税引上げ応酬戦争が始まれば、世界の貿易の4分の1が直接影響を受け、世界の貿易量は’26年までに4%押し下げられると見込んでいる。加えて、米国の個人所得減税の延長、移民の制限、金融市場の不安定化などの仮定の全てを合計すると世界のGDPは’ 25年に0.8%減、’26年までに1.3%減となるという基本シナリオとは別の代替シナリオも提示している。代替シナリオが現実になれば、世界経済の軟着陸は困難で、世界的に経済活動の停滞感が高まるとも指摘している。IMFは、世界経済が長期的に3%程度の成長率にとどまると予想し、世界各国が技術革新を進め、Al(人工知能)が経済の生産性を高めるような行動をとることが必要であるとしている。
ここで、日本企業の業績動向について上場企業の’25年3月期の純利益の予想もしくは’24年9月期の実績動向を見てみることにする。プライム市場の3月期決算企業約1,000社の’25年3月期の業績予想集計(日本経済新聞調査)によると今期は期初時点で円高進行を警戒する企業も多かったため、期初2%減益、’24 年8月で1%減益であったが、11月時点では純利益前期比2%増となっている。半面、多くの企業では、米国のトランプ次期大統領の政策を見極めたい希望があり、現時点では先行きの不透明感は残っている。
今期の予想の上振れの大きな要因は金融の好調である。金融の上方修正額は8,056億円と’08年の金融危機以降で最高となり、三菱UFJ銀行は今期の純利益見通しを1兆7, 500 億円とし2, 500億円上方修正し2年連続で最高益となる予想。利益増は主として国内金利の上昇による。他方、今期予想を製造業と非製造業と分けると、牽引役は非製造業(小売業、サービス、建設、運輸、金融等)であり、純利益は前期比10%増であった。小売業では三越伊勢丹HD sは’25年3月期の予想を売上前期比4% 増の5,560億円、純利益4%増の580億円を見込み、既存店売上は前期比12%増を予想している。ニトリHD sは’24年9月期(4~9月)で前期比7%増の4, 457億円、営業利益は5 %増の579億円であった。飲食業ではすかいら一くHDsが’24年9月期(1~9月)で売上が前年同期比12%増の2,946億円、営業利益は94%増の192億円であった。ゼンショーHDsは’24年9月期(4~9月) 売上高前期比23%増の5, 577億円、営業利益61%増の411億円であった。製造業は苦戦が続いており、製造業全体の純利益は5%減と減益であった。
とりわけ、自動車は不振であり、前期比での減益額は2兆748億円で製造業全体の減益額1兆2,099億円を超えている。各社共に中国、米国での採算が悪化し、円安効果も補えず、EV開発、Al搭載や自動化などの開発投資もあり、米国から始まる関税引上げは米国からの部品輸入が高くなり、米国への完成車など輸出は米国内で競争力を失うので今後も厳しい状況である。トヨタは’24年9月期(4~9月)の売上が前期比6%増の23兆2,824億円、純利益は26 %減の1兆9, 071億円であった。上期の国内生産減、海外での生産でも中国17%減などもあり、部品メーカの労務費を含めたコスト増もあった。ホンダは’25年3月期の予想売上げが前期比3%増の21兆円と上振れしたが、純利益は14%減の9,500億円であった。マッダは’25年3月期の予想純利益が前期比33%減の1, 400億円、日産は’24年9月期(4~9月) で純利益が前期比94%減の192億円であった。鉄鋼も全体として 31%の減益で日本製鉄、JFEHDsが共に’25年3月期の純利益見通しを下方修正した。他方、製造業でも半導体関連の東京エレクトロンはAl向け半導体が好調で’24年9月期77%の増益であった。アドバンステストもAl需要を捉え、試験装置の引き合いが増加しており、’24年9月期(4~9月)純利益が前期比2.7倍になった。以上、製造業でも増収、増益企業もあるが、自動車産業のように今後の関税引上げの影響により見通しが未だ確定できない業種も出てきている。
さて、新年度の上場企業の経営課題について、以下に述べることとする。ここでは、’23年3月に東京証券取引所(以下「東証」という)が全上場会社を対象に「資本コストや株価を意識した経営」の推進に関するお願いが発せられてから約1年半あまりが経過し、この間多くの企業が対応(開示)を進めており、国内外の投資家からも企業の変化に期待と関心が寄せられている。東証は、’24年8月30日、9月27日にこれまでの上場会社の対応状況とその評価、今後の施策、開示企業一覧表の見直しなどの情報の公表を行った。また、東証は既に’24年2月に「投資者の視点を踏まえたポイントと事例」を新設していた。更に最近の投資者からのフィードバック等を含め
①「投資者の視点を踏まえたポイントと事例」に新たなポイントや事例を追加しアップデートし、②「投資者の目線とギャップのあるポイントと事例」を新設し、’24年11月21日に「投資者の視点を踏まえたポイントと事例(アップデート版)」が公表された。内容としては、①投資者の目線とギャップのあるポイントと事例が追加、改訂された。
②「取組や目標設定を継続的にブラッシュアップする」とも追加された。これは、年1回以上要請されている開示のアップデートを行うにあたり、単に進捗状況を示すだけでなく、「計画と実績の乖離の分析」や「株主・投資者からのフィードバック」等を踏まえ、目標設定や取組みを継続的にブラッシュアップすることを求めている。なお、前述の投資者目線とのギャップのポイントと事例については、以下が例示されている。イ)現状分析が投資者の目線とズレている、ロ)表面的な現状分析・評価にとどまっている、ハ)目指すバランスシートやキャピタルアロケーション方針が十分に検討されていない、 ニ)目標設定が投資者目線とズレている、ホ)不採算事業の縮小・撤退の検討が十分に行われていない、ヘ)業績連動の役員報酬が、中長期的な企業価値向上に向けたインセンティブになっていない、ト)取組みを並べるだけの開示で定量的な説明もなく、企業価値向上にどのように寄与するのか不明、などが示されている。以上、全上場会社のうち’24年10月末時点ではプライム市場の88 % (1,452社)、スタンダード市場の47%(742社)が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示を行っているが、再度自社の開示を今般の東証の’ 24年11月の開示の事例、現状分析、今後の方向性についての公表資料で再確認して頂き、新年度は新たに自社の企業価値向上活動が投資者、市場関係者から十分にご理解頂けているか否かの再点検を検討する必要があると思われる。